環境汚染物質であるカドミウムが血管病変誘発因子であることは疫学的および実験的研究から指摘されてきたが、血管を構成する細胞レベルにおける傷害機序は全く不明であった。研究代表者は、培養細胞系を用い、カドミウムが血管内皮細胞からのプラスミノーゲンアクチベータ-インヒビター1(PAI-1)の放出を刺激し、液相の線溶活性を低下させることをすでに明らかにしているが、本研究はでは培養血管平滑筋細胞および線維芽細胞からの組織プラスミノーゲンアクチベータ-(t-PA)およびPAI-1放出に対するカドミウムの作用を調べ、血管破綻時における血液線溶系に対するこの金属の傷害性を評価した。 カドミウムは、血管平滑筋細胞からのt-PAおよびPAI-1放出を共に顕著に阻害した。これに対し、線維芽細胞IMR-90においては、PAI-1放出はカドミウムによって変化しなかったが、t-PA放出は顕著に刺激された。フィブリンザイモグラフィーによる検討の結果、カドミウムが血管平滑筋細胞培養上清のウロキナーゼ(u-PA)活性を低下させること、一方、線維芽細胞培養上清のt-PAおよびu-PA活性を共に上昇させることが明らかになった。蛋白合成の指標である〔^3H〕ロイシンの取り込みを調べたところ、血管平滑筋細胞においてはカドミウムによる強い阻害が認められたが、線維芽細胞においては有意な変化は認められなかった。また、血管平滑筋細胞においては、非特異的な細胞傷害の指標である乳酸脱水素酵素のカドミウムによる高い逸脱が認められたが、線維芽細胞においてはそのような逸脱は認められなかった。鉛、マンガン、水銀およびニッケルにはカドミウムと同様の作用は観察されなかった。 以上から、カドミウムは血管平滑筋細胞に対しては強い細胞毒性を発現し蛋白合成を阻害する結果t-PAおよびPAI-1放出を阻害すること、および血管平滑筋細胞に対しては機能障害を誘発する結果線溶活性を著明に上昇させることが示された。すなわち、内皮細胞による線溶調節だけでなく、血管破綻時に機能すると考えられている血管平滑筋細胞および線維芽細胞による線溶調節もカドミウムによって撹乱され、血管修復や止血過程が傷害されることが示唆された。
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