本研究では、日本における一流スポーツ選手のリタイアメントに関する基礎的研究として以下の2つの点を明らかにすることを目的とした。 1)プロ選手及び実業団選手のリタイアメントが、その後の実生活にどのような否定的・肯定的影響を及ぼすのかという点について、質問紙法を用いて実証的に検討する。 2)その否定的・肯定的影響と競技者としてのキャリア・パターンの関連性について、主に短期的キャリア論に依拠し、面接法を用いて実証的に検討する。 サンプルは、元プロ野球選手85名、及び元実業団バレーボール選手82名であった。 リタイアメントによる否定的影響として、心的外傷が見られるものと予想されたが、生活満足度の低下はなく、心的外傷を抱えている者も殆どみられなかった。このことから引退が否定的結果やストレスを生起させ、その後の社会生活に不適応を生じる、いわばリタイアメント=役割の終点=社会的死とみなす否定的見解は支持されなかった。しかしながら離脱過程において、「引退の困難性」(約6割)、「喪失感情」(約8割)、「後悔」(約7割)等の意識を有しており、否定的な感情を有したものが多くみられた。また、新しい職業生活に対する適応がうまくいかなかったという者が少数ではあるがみられ、引退後の生活における準備教育の必要性が示唆された。 一方、引退に伴う肯定的な影響としては、「自由時間の増大」、「友人や家族との時間の増大」、「ケガのリスクの減少」等をあげていた。スポーツ参与についても大多数の元選手は引退後、多様な類型のスポーツ参与を継続しており、完全な役割断絶は少ない。特に質的に異なるスポーツ参与の継続者が多く、継続的参与をも包含する社会的再生説の再構築の必要性が示唆された。 さらにリタイアメントによる諸影響は、競技時の報酬のパターン(直接的・間接的)とパフォーマンス・レベルによって異なるものと予想されたが、大きな差異は認められなかった。短期的キャリア論に拠ってキャリア分析をおこなったが、特に社会化論における重要なる他者の存在とその係わりがキャリア形成において極めて重要であることが示唆された。
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