アジアにおいて地域的人権条件は可能なのか、またその下に地域的機構を構築することも可能か、という問題の解明をめざして開始された本研究であったが、地域的機構の設置どころか、アジアにおいては人権概念自体に対しての懐疑心すらあることがわかってきた。昨今の「社会条項」を巡る欧米とアジア諸国の対立は、経済問題も、人権問題と無縁でないことを示している。研究は途中から「社会条項」に焦点を当て、国際貿易秩序の中に労働基準を取り入れて条件化する問題の取り扱い、換言すれば、経済問題と人権問題の接点をアジアにおいて探るという方向に変わった。その過程で明らかになったことは、経済問題と人権問題の融合が難しいことや、理論上の問題だけではなく、人権という概念についての本源的違和感がアジアには存在することなどである。ところでたしかに、人権は西欧的なものであるとして排斥する傾向があることは事実だとしても、しかし、経済的にも世界をリ-ドするアジアが人権の側面で他の地域と違っていてよいのだろうかという根本的な疑問が生じる。アジアにおける一部の政治権力が一般の人々の間の懐疑心を利用し、基本的人権をも認めない強権政治を行っていることもまた事実であることに鑑み、アジアにおいて人権がどうあるべきかという、アジア人の手による確固とした理論構築が急務であることがわかってきた。今日でもアジア地域の多くの知的エリートがその専門教育を西洋において受けてきている状況下にあって、アジア独自の法理念や理論が必要であるという発想も、わずかながらも散見することができる。本研究は、アジア諸地域で萌芽的にみられるそのような考え方をさらに追求し、場合によってはそれらを統合するような基礎理論を提示できるような状況になった段階で完結することになろう。
|