研究概要 |
硫酸還元過程の硫黄同位体効果(^<34>S/^<32>S分別)は,速度理論的には約-22‰,バクテリア異化作用においては大略-25±10‰の範囲である.しかし,環境水硫酸の還元によって固定される堆積続成硫化物の同位体比は,次の最も基本的なシステムコントロール要因によって,その範囲をはるかに越えた正負両方向への著しい変動を示す. 1) Rayleigh's distillation processes 2) Hallberg's two contemporary fractionation loops 前者は正シフト要因であり,それが機能するか否かは硫酸供給速度と硫酸還元速度の大小関係,つまり堆積盆が硫黄地球化学的に"open"であるか"closed"であるか,に依存する.一方,後者は負シフト要因であり,それが機能するか否かは生態系酸化還元環境の相違,つまり堆積盆水系が"oxic (aerobic)"であるか"anoxic (anaerobic)"であるか,に依存する.海成堆積系から報告されている硫化物の同位体比データを海水硫黄に対する見かけの分別度に注目して概観すると,それぞれ-50±10‰,-25±10‰,0±10‰の範囲に中間値を持つ3つの頻度分布ピークが認識できる.これらはそれぞれ,open/oxic,open/anoxic,closed/anoxicな古堆積盆環境に比較できる.海洋のoxic-anoxic historyを復元する上で,堆積続成硫化物のバルク同位体比は極めて重要な指標となる.地質時代には海洋無酸素事変(OAE)がしばしば生起していたらしい.OAEは海洋盆の鉱床地球化学過程に異変を生じせしめる.とりわけ注目すべきは,OAEの発生期および消滅期に生じる一次的な元素の分別的濃集現象である.発生期の"oxic to anoxic"転移境界では親銅系元素が主に硫化物相として集積し,消滅期の"anoxic to oxic"転移境界では鉄マンガン系元素が主に酸化物相として集積する.これらの"proto-ores"が保存されるかどうかは,基本的にはそれぞれの転移境界で出現した堆積盆酸化還元環境の継続時間(および埋没時間)に大きく依存するであろう.継続時間が短く新たな環境転移に曝される場合,これらの"proto-ores"は,それぞれ集積時とは対照的な酸化還元環境下で,顕著な二次的元素分別を受けるに違いない.OAEの時系列的出現様式の解明は,層準規制型鉱床類型の分化要因を理解する上で新たな戦略的基礎を与える可能性がある.
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