今年度は、紀元前二千年紀末から一千年紀初頭の文化変化の動態を解明するために、まずこの時期の重要な遺跡の調査報告及びこれに関するいくつかの国際学会の記録などを入手し、その内容の検討を行うことによって具体的な問題点の抽出を試みた。問題点の第一は、ミケ-ネ文化の崩壊後の文化の断絶と連続の性格についてであるが、最新の研究文献の検討の結果、崩壊後に現れる新たな文化要素を、必ずしも文化伝統としてではなく環境への適応形態として理解できる可能性があることを明らかにした。葬制の問題(複葬から単葬への変化)のように、依然として文化伝統として理解する方が良いと思われる現象もあるとはいえ、環境への適応という視点を導入することによって該期の断絶と連続を解釈できるならば、そこから暗黒時代の社会の生業にも光をあてる可能性がひらけるという点で、きわめて画期的であろう。問題点の第二は、暗黒時代の終わりに関してであるが、ここでも検討の結果、東方からの文物の流入、ホメロスの叙事詩の成立、英雄崇拝、アルファベットの普及といった一連の事象を、ひとつのプロセスとして理解する必要性を明らかにしえた。クレタ島コモス遺跡におけるフェニキア神殿の発掘が示すように、暗黒時代におけるフェニキアとの接触は、いわゆる交易や贈答などの物資のやりとりにとどまるものではなく、「東方化革命」という言葉が示すように、より広い観念の創出にまで及ぶ性格のものであり、アルファベットの創案やホメロスの普及もその文脈でとらえられるべきであるという認識に達した。
|