明治時代以降の翻訳語の流入によって、日本語表現にもたらされた変化の一つとして、"評価的文副詞"という形態の導入、ということを仮定したが、それを実証するために、まずは、いくつかの評価的文副詞を選び、国立国会図書館・大阪府立中之島図書館・大阪大学附属図書館所蔵の明治時代以降の英和辞書を調べて、日本語訳の変化等について調べ、文副詞という概念が導入され、それにふさわしい日本語訳の形態が固まってきた(「〜にもあるいは「〜ことに」という形)のが大正に入ってから(おそらく大正10年刊行の辞書が最初)だということがわかった。(明治時代の辞書では述語副詞「〜に」の形が用いられていた。)次に、それらの表現が翻訳文化流入以前にあったものかどうかを調べるために、江戸時代・明治時代・大正時代の資料(雑誌等)を集め、現在は、それらの資料における"評価的文副詞"の種類や頻度について比較調査中である。 このような実証的研究の一方で、理論的な研究として、"評価的文副詞"についてのこれまでの英語学と日本語学での先行研究を追い、日本語には文副詞という形によらない"助動詞"の形(「てくれる」・「てしまう」・「やがる」の3つ)での評価的表現がある。ということを提案し、平成6年度春季国語学会や他の研究会等で発表した。「てくれる」に関しては論文の形でまとめ、現在は、全体的な枠組みについて論文を執筆中である。
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