本研究はポスト冷戦における開発の胎動から開発経済学の今後のあり方を展望することを意識して行なわれた。メコン川開発そのものに関してのより詳しい研究成果は、資料収集、シンポジウム参加といった本年度の活動をもとに来年度中に公刊する予定である。 長き衰退過程にあった開発経済学に、外部性、規模の経済、収穫逓増、戦略的補完性の視角から新たな光があてられ、初期開発経済学の復権が叫ばれ始めている。これは、開発経済学における新古典派の席巻が開発の現実の中でもたらした災禍への理論面におけるひとつの反動であろう。実際、新古典派的構造調整政策への批判は多方面からなされてきた。しかしながらA.O.ハ-シュマンに代表されるように、開発論には復権させるべき、より重要な潮流が伏在している。 経済開発における第一の課題とは、経済の活性化を指向しつつも開発の過程が必然的にもたらす不安定性をいかにして緩和し社会の持続を保証するのかということである。歴史的に国際的利害が錯綜し冷戦後の開発が指向されながら紛争の火種が消え去ったとは言えないメコン川流域の開発において必要とされるのも、まず何よりもこうした視点である。しかしながら外部性などを問い直し理論的彫琢が図られつつも、対立一掃を目的とする権力行使を暗黙のうちに受容してしまう開発経済学の傾向はいまだに払拭されていない。 対立の火種を抱えつつ開発に歩みださねばならないポスト冷戦において必要なのは、市場経済擁護論に込められてきた人類史的課題の重みを継承しつつ、潜在的資源、外部経済の利用可能性のみならず相互依存を深化させる可能性を持つ市場経済の中で対立克服の具体的「戦略」を模索することである。メコン川開発を展望するにも、開発論におけるこうしたハ-シュマン的視角を陽表化することが重要である。
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