研究概要 |
本年度の研究では、仙台の中新統から産した最古のセイウチ科鰭脚類、Prototaria Planicephala Kohno,1994(以下化石セイウチ)のタイプ標本の頭蓋腔を完全に剖出した上で、脳の印象模型(エンドキャスト)を作製し、各部位の比較神経解剖学的な記載を行なった。この過程で、化石セイウチの大脳表面の各機能単位を決定するため、現生鰭脚類および陸生食肉類との解剖学的特徴を比較検討し、とくに現生食肉類との相同関係に基づいて各大脳溝および大脳回(いわゆる脳の皺)を同定した。さらに、電気神経生理学によって明らかにされている現生食肉類の脳の機能分布との比較から、化石セイウチの脳の機能分布地図の復元を試みた。 化石セイウチの脳神経は、現生鰭脚類と異なり嗅神経(嗅球)の発達が比較的よく、嗅感覚は海洋生活への依存度がより強い現生鰭脚類に比べて鋭かったことがわかった。また、三叉神経第2枝(上顎神経)が極めてよく発達しており、上唇部を中心とした上顎神経支配領域の感覚がすでに現生鰭脚類と同程度に発達していたことがわかった。大脳形態については、全体に側方への拡大が目立ち、とくに冠状脳回(前側頭部)が目立って拡大していることから、吻部の触覚機能の強化(洞毛の発達)が推定認された。また、後S字状脳回(最前側頭部)も拡大の傾向が認められることから、顔面の運動機能と感覚を司る領域全体が著しく発達していることが改めて確認できた。しかしながら、初期のセイウチ科鰭脚類が、まず最初に魚食適応したのか、あるいは沿岸域の雑食性であったのかを明かにするために、更に詳しい大脳表面の解析が今後の課題となる。
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