ブナ(Fagus crenata)が中部日本で種分化し、ブナ林を形成する過程を復元するために、新潟県十日町の鮮新・更新統魚沼層群の植物化石群を層序学的に検討した。 鮮新世末(約200万年前)から第四紀前期更新世末(約80万年前)の地層から植物化石を採取するとともに、植物化石含有層の層相を検討して、植物化石相と古植生を復元した。さらに、十日町周辺の地層の層相変化を時代的空間的に追跡して、植生が成立した堆積盆とその周辺の古地形を復元した。 化石ブナ属は現世ブナと、殻斗の小さいヒメブナ(Fagus microcarpa)が含まれる。ヒメブナは、約200万年前から約110万年前までのほとんどの植物化石群に含まれており、産出個数も多かった。約110万年前以降では、化石群の種構成から温暖期と考えられる層準には含まれているが、寒冷期の層準からは産出しなかった。一方、ブナは約110万年前以降の植物化石群でヒメブナとともに産出したが、ブナが出現しはじめる層準では、ブナとヒメブナの中間の形態の殻斗が産出した。 約200万年前から約110万年前まで、ヒメブナは沖積平野の植生の主要構成種で、優占種として存在していた可能性がある。約110万年前以降、氷期一間氷期の気候変化が激しくなると、ヒメブナは間氷期に分布拡大した。ブナは約110万年以降にヒメブナから種分化した可能性がある。ブナが出現する層準は、メタセコイアの絶滅や、オニグルミの種分化がおきた層準と一致し、植物化石群の種構成も大きく変化する。植物化石と地質学的資料から、約110万年前以降の気候変化と海水準変動、そして、中部山地周辺で起こった山地の隆起による古地形の変化によって、低地性のヒメブナから山地性のブナへの種分化が促されたと考えられる。
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