【背景】摘出血管を輪切りにして輪の一ケ所を切断すると円弧状に開くことが多い。これは摘出血管の内壁に圧縮、外壁に引張りの円周方向ひずみが残留していたことを示し、血管壁が生理状態で壁内のひずみを一様に保っている可能性を示唆する現象である。本研究では血管壁内に存在する平滑筋細胞の圧縮・弛緩が血管壁内のひずみ分布に影響を与える可能性を調べた。 【方法】ラット胸大動脈からリング状試料を切出して37℃の酸素加クレブスーリンゲル液中で輪を切断した。ノルアドレナリン(NE)、二トロプルシドナトリウム(SNP)で平滑筋を夫々、完全収縮・弛緩させ、これに伴う試料形状の変化を観察した。また隣接する円筒状試料を用い平滑筋収縮・弛緩時の内圧-外径関係を夫々求めた。以上のデータを基に、血管壁が等方・均質・非圧縮性であり、試料形状が切断前は円、切断後は円弧であるという仮定の下に各内圧における壁内ひずみを算出した。 【結果】NE・SNPの投与に伴って円弧状試料の開きの程度は夫々有意に増加・減少し、平滑筋の収縮・弛緩が残留ひずみを夫々増加・減少させることが判った。残留ひずみの存在により血管壁内の円周方向ひずみはある内圧において一様となる。そこで各内圧で計算されたひずみを基にしてこの内圧を推定した。その結果、平滑筋が完全弛緩した場合にはひずみが一様になる内圧は60mmHgより低いのに対し、完全収縮の場合にはその圧は200mmHgを越えることが明らかとなった。 【考察】血管平滑筋は機械的引張刺激や体液性刺激により収縮する。このような刺激は、体内では血圧が上昇する際に発生する。血管平滑筋が血圧の高低に応じて収縮・弛緩することにより、広い範囲に亙って血管壁内のひずみを一様にし得る可能性が示された。大動脈平滑筋は血管径の制御だけでなく、壁内ひずみの制御をも行っているのかも知れない。
|