研究概要 |
高分子と脂肪酸を混合して作成したフィルムは、ある特徴的な温度T1以上まで加熱し急冷すると白濁するが、再びT1より低い特徴的温度T2まで加熱し徐冷すると透明状態に戻るという奇妙な挙動を示す。したがって、部分的に加熱すれば、フィルム上に白い文字または図形を記録でき、不要になれば透明に戻して、再使用できる極めて有用な記録媒体となりうる。このフィルムは、可逆性感熱記録フィルム(ThermoRewritableFilm,TRF)とよばれ、新規な記録材料、さらには透過率を自由に調整できる遮光カーテンなどへ応用可能とされ、近年、大きな注目を浴びている。実用上の工業的応用としては、繰り返し耐久性などが調査され、着実に進歩しつつあるが、その記録メカニズム、すなわち加熱による白濁、透明化のメカニズムについては、高分子フィルム中にドメインとして存在している脂肪酸部分の構造変化と考えられているものの詳細は不明であった。本研究では、可視光を用いた手法では測定不可能な白濁試料の構造解析に威力を発揮する超小角X線散乱法(USAXS)により、TRFの構造および変化を調査し、TRFの記録メカニズムの検討を行った。 本研究では、代表的TRFである、高分子としてはポリ塩化ビニルとポリ酢酸ビニルの共重合体を用い、脂肪酸としてベヘン酸を用いた系を重点的に調査した。まず、高分子とベヘン酸の重量比を9:1,7:3,5:5と変化させたフィルムを溶媒キャスト法により作成し、それぞれの透明および白濁フィルムについてUSAXS測定を行った。USAXS曲線にはベヘン酸ドメインの存在を示す強い散乱を示した。白濁フィルムにはドメイン間の干渉ピークが観察されたが、透明フィルムにはピークはなかった。ドメインの大きさは白濁フィルム、透明フィルムともに約2μmで同一であった。したがって、白濁化の原因はドメイン内の構造変化と考え、X線小角散乱(SAXS)測定を行った。SAXS曲線にはベヘン酸の結晶構造に基づくピークが見られたが、その位置は白濁、透明で異なっていた。これは、結晶構造が両者で異なることを示している。さらに、数千〜数百Aの構造に対応する角度領域には、透明フィルムでは全く散乱が見られなかったのに対し、白濁フィルムでは強い散乱を示した。このことは、白濁フィルムのドメイン内にはこの程度の大きさのベヘン酸の微結晶が存在するのに対し、白濁フィルムでは大きな単結晶状となっていることを意味する。以上のことより、TRFフィルムの白濁化メカニズムは、ドメインの大きさの変化ではなく、ベヘン酸の構造変化にともなう空隙の生成によると結論できる。つまり透明フィルムでは大きな単結晶状となっているベヘン酸が、白濁フィルムでは結晶構造が異なり、体積収縮をおこし微結晶状となり、微結晶間に空隙が生じるために、光の乱反射が起き、白濁状態を呈すると説明できる。
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