研究概要 |
法医剖検例について,(1)虚血・低酸素ストレス性障害9例,(2)外傷症例11例(うち被虐待児症例6例),(3)乳幼児急死症候群10例,(4)中毒症例4例,(5)その他2例の合計36例について,熱ショック蛋白質のHSP72,ubiquitinを免疫組織化学的に観察した.その結果,各臓器におけるHSPの出現と年齢,障害の作用持続時間,死後経過時間との間に明らかな相関は認められなかった. 死因別にHSPの出現様態を観察したところ,窒息症例では,ubiquitinは副腎において全例に陽性像が認められたが,他の臓器については明らかな臓器特異性は認められなかった.HSP72は虚血・低酸素状態が長く続いたと考えられる喘息症例,気道内異物症例の3例において神経細胞に観察された.これらの症例ではastrocyteの増生等が観察されたことから,神経細胞のHSP72は虚血・低酸素性変化を反映しているものと考えられた.外傷症例では被虐待児症例の1例の腎臓近位尿細管上皮細胞核にHSP72の陽性像が観察された.この症例は近位尿細管にHbの沈着像が観察されており,このような細胞障害の結果HSP72が陽性となったものと考えられる.また,広範囲に熱傷をおっていた被虐待児症例において副腎皮質・髄質の核にHSP72の陽性像が観察された.本例はHE染色で副腎細胞の融解変性像が観察されており,このような細胞変化とHSP72の陽性所見との関係が示唆された.中毒症例ではubiquitinは複数の臓器で観察されたが,HSP72は向精神薬中毒症例の神経細胞にのみ観察された.神経性ショック症例,SIDS症例,薬物ショック症例ではHSP72は全臓器で観察されなかったが,ubiquitinは胸腺を含む全臓器で観察された.このubiquitinの陽性像は死亡前に作用したストレスを反映しているものと推定される. 以上のことから法医剖検例においてHSP,特にfamilyの異なる複数のHSPを観察することは作用した障害(障害)を知るうえで有効な方法と考える.
|