脳虚血の際、神経細胞壊死に先立つ現象として神経細胞骨格蛋白の崩壊がある。この崩壊に対して、現在臨床で使用されている各種吸入麻酔薬は異なる影響を及ぼすことが考えられ、以前の研究でその一部を明らかにした。現在までのところ、神経細胞骨格蛋白の崩壊の程度と神経細胞壊死あるいは最終段階である脳梗塞との関連は明らかになっていないが、脳虚血侵襲の早期の段階で起こる神経細胞骨格蛋白の崩壊に対しもっとも予防的に作用する麻酔薬を見いだすことは臨床上きわめて重要であると考え、以下の研究を行った。神経細胞骨格蛋白の中でも微小管関連蛋白で、特に虚血侵襲に対して脆弱であるとされているMicrotubule-associated protein 2(MAP2)の崩壊は脳虚血傷害の鋭敏な指標になることがわっている。そこで、ラット前脳虚血モデルを用いてMAP2崩壊の程度を指標に揮発性麻酔薬であるイソフルレン、ハロセンおよびセボフルレンの効果を比較した。同力価の麻酔下にラットに20分間の前脳虚血を施し、脳の各部位別にMAP2の残存量をEnzyme-linked immunosorbent assayで測定した。MAP2の崩壊は前頭・頭頂葉皮質および海馬においてイソフルレン麻酔で有意に少なく、ハロセンとセボフルレンでは同程度であった。脳虚血時の神経細胞骨格蛋白の崩壊には蛋白分解酵素カルパインの関与が指摘されており、その活性化の過程で吸入麻酔薬と神経細胞膜を共有する。このため、各吸入麻酔薬はカルパインの活性化の過程で異なった作用を及ぼす可能性がある。しかしながら、カルパインの直接の関与に関しては明らかにできなかった。
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