本研究は、異言語比較の見地から日本語を母国語とする子どもの動詞の語彙獲得のメカニズムと、異言語間で動詞の意味構造の顕著な違いが及ぼす認知への影響を明らかにすることを目標として始められた。本研究は、萌芽的性格のもので、日本語の移動動詞(motion verb)の語彙構造の分析の先行研究が乏しいため、まず、英語と日本語での語彙パターンの言語学的分析から始められた。これにより、日本語の移動動詞には、「渡る」「抜ける」「越える」など、一見「を」格をとり他動詞のように見えて、自動詞的性格を持つ一群の動詞があり、これらの動詞は意味コンポネントの中に動く物体の方向のみならず、物体が動く際のバックグラウンドが取り込まれ、言語分類学的にみて、ユニークな動詞のクラスであるという知見が得られた。従って英語の移動動詞が典型的には物体の移動の仕方(manner)を意味要素として取り込むのに比べ、日本語は移動の際のバックグラウンドの特徴を取り込むので、二つの言語の間での動詞の意味構造に大きな差異があることがわかった。このことについてはアメリカで95年の夏に行われるCognitive Linguistic Societyの大会で発表することになっている。 上記の言語学的な知見を基に、認知心理実験を計画し、現段階ではコンピューター上で実験を行うためのシステムを製作しているところである。これは、扱う領域が動作を含むものであるため、ビデオ、アニメーションなどの画像を刺激材料にする必要があるためである。特定の物体が、特定の動作で、特定の方向に、特定のバックグラウンドで移動をするイベントを標準刺激として提示し、動作、方向、バックグラウンド、移動する物体の種類などを一つ一つシステマティックに変えていき、被験者が標準刺激と選択刺激を「同じ」とみなす、あるいは混同する際、どの要素が一番重要であるかを特定できるようなシステムを作っている。簡単なデモバ-ジョンは完成し、大人の被験者で予備実験を行えるところまで進んだ。
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