第59回美術史学会全国大会での口頭発表「絵画作品の記述とその重層性-アンドレ・フェリビアン『対話』を中心に」では、著述家アンドレ・フェリビアンが著した、個々の絵画作品をめぐる文章を分析した。フェリビアンは、1660年代から80年代にかけて、具体的な絵画作品への言及を含む、数種類のテクストを発表している。それらのテクストの一部は、これまでにも、フランスにおける「作品記述」の出発点として評価されてきたものであるが、ここでは、個々の作品記述ではなく、主著『対話』(全10巻)の構成そのものを問題とした。具体的には、作品に言及する『対話』内の文章を、便宜的に、フェリビアン自身が<記述>と名指す文章と、それ以外の文章とに分け、両者の関係について考察した。この作業の結果、<記述>と呼ばれない一連の文章が、絵画作品についての専門的言説として成立しはじめた<記述>に枠組を与えるための一種の境界線として、あるいはパレルゴンとして機能しているのではないか、という点について指摘することができた。<記述>は、<記述>以外の文章によってはじめて、『対話』という著作の中で安定的な位置を確保しえているのである。18世紀以降、(1)美術批評、(2)美術史、(3)美学という三種類の言説様態は、互いに、他の二者を他者とすることで自らの領域を確定していったと考えられるが、17世紀後半のフェリビアンのテクストにも、既にそのような分化のシステムが、萌芽的なかたちで生じていたことが明らかになったのである。
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