研究概要 |
本プロジェクトは,中国の華中南沿海部における,土地・水利開発と漢民族の定住・聚落形成,そこに展開された経済活動,そこに形成された社会組織・結合,さらに社会的共同性の景気と想定される共同体的信仰など,各方面に渉って,文献資料のみならず,老人からの聞き取り調査を実施し,従来の史籍が語らぬ具体相を解明することを目的とした。この課題について,代表者はじめ各メンバーが,さまざまな資金を以て,既に成果を蓄積して来た。 本計画では,第一:長江下流域沖積低地(嘉興市荷花郷,湖州市長興県后漾郷,上海市崇明島),第二:長江下流域デルタ縁辺の丘陵地帯(湖州市長興県長潮郷),第三:珠江デルタ沖積低地(順徳市龍江鎮),第四:珠江デルタ縁辺丘陵地帯(台山市赤渓鎮・斗山鎮・四九鎮)を調査地点に設定し,第一・二については,復旦大学歴史地理研究所及び浙江省社会科学院,第三・四については,広東省社会科学院の協力を得て実施した。特に大阪大学の濱島・片山の従来の調査研究は,江南・珠江両方のデルタ沖積低地を対象としてきたものである。本研究では,それに加えて,その外辺に位置し,自然条件を異にする丘陵・山地の聚落を選定し,デルタとは相違する聚落・耕地・灌漑や社会結合の特質を考察し,それによってデルタの特性を再認識することになった。 第一年度には,晩夏〜初秋に,浙江省社会科学院の協力で,浙江省嘉興市北部の荷花郷に所在する劉王廟の調査を実施した。本廟は江南デルタ全域の内水漁業に従事する漁民の信仰を集めるものとして著名であったが,近年復活し,無数の信者が参集している。この劉王信仰の調査を中核に,周辺農村の聞き取り調査や近接する王江〓鎮の城隍廟調査をあわせ実施した。同じく第一年度には,3月,広東省南部沿岸の台山市の赤渓鎮の調査を実施した。ここは住民全てが客家人であり,かつて激烈な広東人対客家人の闘争の結果,国家権力が強制して棲み分けを行った海岸丘陵地域であり,珠江デルタの広東語圏とはまた異なった社会形態が見出された。またこの赤渓鎮の水利・灌漑調査を以て,我々は始めてデルタの灌漑形態-通常は,水面よりも田面が高いが故に,灌漑用水を水の自然の流下によって供給できず,人力で重力に逆らって揚水せざるを得ない-とは異なる,山間の溜池や河川に堰堤を設けて取水し,低い田面に水をかけ流す重力灌漑方式の考察に着手したことになった。日本における歴史学・人文地理学・農業経済学等々は,当然に溜池灌漑・河川灌漑を重要な研究課題とし,重厚な蓄積が為されているが,中国に関しては,ほとんど空白の領域なのである。 第二年度は,同じく晩夏〜初秋に,上海市青浦県・江蘇省崑山県・同呉江県などで,民間信仰を重点とする補充調査を実施した後,浙江省湖州市長興県において,水利・信仰を重要な課題とする聞き取り調査を実施した。まず太湖に沿う沖積低地の聚落における民間信仰と水利灌漑の調査を,復旦大学歴史地理研究所の研究者,ならびに現地の民間文学=folklore採集者の協力の下に実施し,あわせて生業や水利の考察も実施した。続いて同県西部の山地,丘陵地帯で,同様の調査を行う予定で着手したが,中国側の手続きの不備が指摘され(なお昨年秋の対日の政治情勢が微妙に作用したことが推定される),軍事施設有して対外未開放地域であるこの地帯の調査を中断し,予備的考察に止めざるを得なかった。やむを得ず,従前から,調査候補地に含めていた上海市崇明島に対象を変更し,詳細な観察と聞き取りを行った。第二年度冬には,再び広東省台山市に入り,まず前年に続いて赤渓鎮で補充調査を行った。続けて,より内陸の丘陵〜扇状地に所在する斗山鎮・四九鎮に移動し,同様の調査を行った。海岸丘陵地帯の客家地域とはまた異なった相貌を示す社会・生業形態を確認することが出来た。
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