研究概要 |
ロシア極東部においてタイガ植生の主要な樹種のひとつであり,森林資源として重要なカラマツ類にTriphragmiopsis laricinumによる黒葉さび病(仮称)の発生が認められた.発生状況から見て,本病がカラマツ類の生育の障害となり、タイガ植生の保全とカラマツ造林に大きな脅威をもたらすと予想された.我が国では未だ本病の発生が認められていないが,本病の我が国への侵入と定着の危険性は高いと考えられた.いっぽう本病の原因となるさび菌についての生活環,宿主特異性,一次伝染源および分散方法などの発生生態に関しての調査研究はほとんどなされていない.そこで,カラマツ類黒葉さび病菌の発生状況,生活環および伝染方法などを明かにする目的で,ロシア連邦プリモルスキー州のウラジオストック周辺部(ウスリ-自然保護区,リバディスカヤ山,シコテ・アリン自然保護区)およびヤク-ツク自治共和国のヤク-ツク周辺部を調査した.同時にさび病の標本とともに,生活環を明かにするための接種試験に使用する資料を収集した. 野外調査の結果,ウラジオストック周辺部,ウスリ-自然保護区,リバディスカヤ山,およびヤク-ツク周辺部では本病の発生が認められなかった.本病はシコテ・アリン自然保護区でのみ発生が認められた.シコテ・アリン自然保護区では,本病の発生が前々年度にも認められ、ここでは恒常的に本病が発生しているようであった.また前・前々年度のマガダン州のマガダン周辺での調査でも,本病の発生は認められなかった.冬季の恒常的な低温(氷点下30-40℃)下で本病菌が越冬できないことも予想されるが,むしろ夏季の極端な乾燥が本病菌の胞子の飛散とそれに引き続く感染を阻害することがヤク-ツクおよびマガダン地域における本病の発生と定着を抑制しているものと考えられる. シコテ・アリン自然保護区での調査によって本病原菌が夏胞子世代をもつことが明らかとなった.無性繁殖体である夏胞子によって本菌が分散し,新たな感染を引き起こすことが予測された.そこでLarix gmeliniに形成された夏胞子を用いた接種試験によってこの予想を確かめた.すなわちLarix gmeliniに形成された夏胞子はL.gmeliniおよびL.Kaempferiに感染し,両者にはじめ夏胞子堆を,やがて冬胞子堆を形成した.これによって従来の,本病原菌が冬胞子世代だけの短世代型の生活環をもち,冬不胞子堆内に稀に認められる夏胞子様の胞子は機能をもたない,との見方が否定された. これまでの野外調査の結果,本病発生地においてイチリンソウ属,カラマツソウ属,オダマキ属,センニンソウ属,メギ属,スグリ属,チダケサシ属,シモツケソウ属,シオン属,コウモリソウ属,ヨモギ属,ニガナ属,ユリ属などの植物にさび菌の精子・さび胞子世代の発生が認められた.本菌が異種寄生性の生活環をもつとすれば,異種寄生の相手となる植物はイチリンソウ属あるいはカラマツソウ属である可能性が高いと考えられたため,これらの植物に形成されたさび胞子をLarix gmeliniに人工接種した.しかしそれらのさび胞子は2種のカラマツに感染しなかった.イチリンソウ属とカラマツソウ属以外の植物上の精子・さび胞子世代も,その胞子の形態的特徴から,生活環が既知の種の精子・さび胞子世代であると判断された.そのため本菌は当初の予測に反して,同種寄生性の生活環をもつもの-すなわち本菌の精子・さび胞子世代もカラマツ類に形成されるものと,考えられる.このこれを確認するための接種試験を現在実施中である.
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