研究概要 |
高等植物の種分化には多様なモードがある。その中で倍数体形成による種分化は高等植物では重要な種分化のモードの1つである。倍数体形成による種分化が起きている植物群はしばしば複雑な構造をもつ倍数体複合体を形成し、その分類も困難な場合が多く見られる。キク科シオン属に属するシロヨメナ群Aster ageratoides complexは東アジア地域において同質および異質倍数体形成の両者を伴う種分化を起こしており、また,各地域で固有の分類群に分化しているので倍数体形成による種分化の研究のモデルケースとして最適である。これらの植物は東アジア地域に広く分布しており、日本列島の植物相の成立過程を解明するのにも適した研究対象である。本研究はシロヨメナ群の倍数体形成を伴う種分化の過程を解析し、高等植物の倍数体形成による種分化の機構およびシロヨメナ群の分化過程を通しての大陸の植物からの分化による日本列島の植物相の成立過程を明らかにすることが目的とし,台湾産のシロヨメナ群植物の調査を行なった。 本研究では平成7年度の10月〜11月と3月に2度の台湾における調査を行なった.調査地点は台中県,南投県,高雄県,屏東県,台東県,花蓮県で15集団から各集団について10〜20個体をサンプリングし,合計約200固体のシロヨメナ群に属する植物を採集した.採集した植物は地上部は標本にし,根茎は細胞学的および分子系統学的解析に用いるために日本に持ち帰った.また各生育地の環境,生育状況なども併せて記録した.シロヨメナ群植物は台湾北部には山地に普通に見られるが,南部では生育地はきわめて少なく,一部の山地部に生育するのみであった.各集団の植物の形態の比較研究の結果,台湾産のシロヨメナ類植物は4種に分類できることが明らかになった.その中で2種は山地に広い分布域を持つもので,他の2種は花蓮県の石灰岩地帯のみに育成する植物である.広分布域種の1つは披針形葉をもち,植物体に毛が少ない植物で日本産のシロヨメナA.ageratoidesのタイプの記載とよく一致し,同種と判断される.また,同じく披針形葉をもち,植物体に毛が密生する植物は中国大陸で記載されているA.lasiocladaと同定される.A.lasiocladaはしばしばシロヨメナの亜種とされるが,今回の観察では明らかに区別できる別種である。細胞分類学的研究をこれらの植物集団で行なった結果,シロヨメナタイプの植物はすべて4倍体,A.lasiocladaタイプの植物は2倍体であることが明らかになった.また,石灰岩生の2種については今回は生株が得られなかったので倍数性に関しては解明できなかった. 両タイプの植物と日本に分布する各変種との関係を明らかにするために葉緑体DNAの変異をマーカーにした分子系統学的解析を行なった.方法は採集株の生葉から全DNAを抽出し,各種の制限酵素で切断した後アガロースゲル電気泳動法で断片のサイズにより分離した.その後,ナイロンメンブレンに転写しタバコ葉緑体DNAのクローンバンクのDNAをラベル後プローブにして膜に転写したDNAとハイプリダイゼーションさせ,フィルムに感光させた.制限酵素サイトの有無の変化により突然変異の有無を判断した.その結果,台湾の2種の広分布域種間には明らかな違いが検出された.以上の情報に基づいて最節約法を用いて系統樹を作成した.得られた系統樹では台湾産のシロヨメナは日本産,韓国産のシロヨメナとともにクラスターを作りA.lasiocladaはその外側に付くというトポロジーを有している.このことは台湾のシロヨメナ群には起源の異なる2群が存在することを示唆している.日本の各分類群が韓国や台湾の植物群とどのような系統関係にあるかを解明するためにはさらに詳細な解析が必要である.
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