研究概要 |
マレーシア国サラワク州ランビル国立公園で,アリと同翅類と植物の共生関係,重要アリ種の採餌習性を調べた。 半翅目(主に同翅類)に随伴しその甘露を餌とすることが確認されたアリは30種以上にのぼり,一方アリの強い随伴が確認された半翅類も30種強をかぞえた.トランセクト調査の結果,昼間に植物の葉と茎(幹)で観察された食植性昆虫の約85%が半翅類であり,アリの存在が熱帯低地林の樹木上の昆虫群集に大きな影響を及ぼしていることが示唆された. アリ植物であるオオバギの1種Macaranga trachyphyllaの一部の葉への共生シリアゲアリの接近を阻害したところ,25日後にはコントロールにくらべて,食葉者による食害量が有意に増加していた.この食害量の増加は,あるていどオオバギ類に特殊化したナナフシの1種によるものが主であった.M.beccarianaでは共生シリアゲアリの接近の阻害によって,タマバエのゴール数が有意に増加した.十分な日照量をえられない木では,シリアゲアリのコロニーの成長が不十分で,オオバギと特異的な関係をもたない他種のアリに木が占領され,枯死にいたるケースがあった.アリに飼養されているカタカイガラムシは,幼生の初期死亡率が高く,あるていど成長するとほとんど死亡が起こらなかった.このことはアリが幼齢カイガラムシを餌として利用していることを強く示唆した. アリ植物である11種のオオバギ,共生する4種のシリアゲアリ,アリに飼養されている最低3種のカタカイガラムシ,オオバギの葉を食害する2種のムラサキシジミ,葉にゴールを作る3種のタマバエの5者間には,顕著な種特異性が見い出された.ランビル国立公園とサラワク内の他の2つの国立公園(クバ,グヌンムル)で,オオバギ相とそれにかかわる昆虫相を比較したところ,優占種などにおいて地域間で若干の相違が見られた.しかし,5者の間の種特異的関係はほぼ安定していた.現在,形態形質では検出できないシリアゲアリ類の差異を地域集団間で明らかにするため,DNAの塩基配列を解析している.また,この手法により推定された,オオバギの種の系統とシリアゲアリの種の系統は,現在みられる種特異的な関係とおよそ一致した. 昨年は,林床近くに営巣する数種の優占アリ種の餌を調べたが,今年は林内のアリ群集全体,ひいては食植性昆虫や植物の成長に多大な影響力をもつと考えられる軍隊アリ(サスライアリとヒメサスライアリ)の予備調査を実施した.ランビルでは,サスライアリはほとんど見られないが,ヒメサスライアリ(Aenictus)は9種が見い出され,しかも生息密度が異例に高いことがわかった.この中でもとくに優占するA.laevicepsとA.gracilisのコロニーを追跡し,隊列の移動と餌の内容を調べた.であった合計7隊列での観察によれば,隊列は約半日同一場所に滞在し,餌をとりつくすと移動することがわかった.餌とりあげにより,A.laevicepsでは8属22種,A.gracilisでは2属5種のアリが餌として確認された.襲われるアリのサイズは襲うアリ2種の体サイズと強い相関があった. ジュネ-ブとジェノバの自然史博物館において,多数のタイプ標本を含むForelならびにEmeryのコレクションを検し,ボルネオ産のアリ類を同定した.その結果,ボルネオ全体では約750種が確認され,そのうち約30%の種名が判明した.サラワク州のランビル国立公園からは約350種のアリが確認された.1つの林だけで日本産(約250種)をはるかに上回る多様性を示した. 現時点では,アリの種多様性が昆虫や植物の種多様性とどのような関係にあるかは,ほとんど解明されていない.しかし,アリが種やグループにより,スペシャリストからジェネラリストまで多様な餌の選好傾向をもつことは,今回の調査から明らかである.また,一部の種は植物と緊密な関係をもち,さらに同翅類を巻き込んだ複雑な系を形成している.種多様性のみならず,群集レベルでの多様性にたいするアリの寄与は大きいと考えられる.
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