研究概要 |
多くの標本・資料,そして新しい知見が得られたが,項目ごとにまとめると次のようになる. 高等植物のキンポウゲ科ではトリカブト属を中心として調査・研究を行った.カザフスタンのジュンガリ-スキーアラタウ山脈ではAconitum alatavicum,A.soongaricum,ザイリスキーアラタウ山脈ではA.nemorum,キルギスタンのキルギス山脈ではA.karakolicum,ス-サンミール山脈ではA.talassicumなどの種類を観察することができた.これらの種はトリカブト属のうちのCatenatae節を構成するもので、数珠状に連なる奇妙な塊根をつける,中央アジアの特産の種群である.平成4年度に実施したシベリア・アルタイ山脈での調査,平成5年度のシベリア・サヤン山脈での調査結果をも併せて,この節に所属する全ての種を観察することができた.現在これらの結果に基づいて,この植物群のモノグラフを準備中である.キルギスタンのアライスキー山脈では極めて特異な種,A.zeravschanicumを観察することができた.同じくキルギスタンの高山帯に分布する種A.rotundifoliumとともに,大ヒマラヤ地域の種類のモノグラフを作成する上で重要な知見が得られた. キク科ではトウヒレン属Saussureaを中心として調査した.カザフスタンのザイリスキーアラタウ山脈などに見られるセーター植物として知られる小型の種,S.gnaphalodesを詳細に検討したところ,従来からの懸案であった西ネパール産の種が新種であることが明らかとなった.記載文は現在準備中である.同じくトウヒレン属植物で,温室植物として知られるS.involucrataを主にカザフスタンの山岳地域で観察することができた.比較検討の結果,この種が,ヒマラヤ地域のS.obovallataと,シベリア地域のS.orgaadayiとS.dorogostaiskiiの間を結びつける存在であるという著者の仮説を裏付けるような証拠が得られた.なお,キンポウゲ科のトリカブト属,キク科のトウヒレン属をはじめとした多くの植物群について,研究協力者の喜多陽子により,DNA解析が進められている. 高山植生の植物社会学的解析資料として,ジュンガルスキーアラタウ山脈において25個,ザイリスキーアラタウ山脈で17個,テレスケイアラタウ山脈で9個,クイリュウ山脈で28個,ス-サンミール山脈で33個,アライスキー山脈で15個,合計127個の植生資料を得た.これによって,天山山脈の高山植生について,調査した全地域と各山脈の特徴を具体的に把握できた.天山山脈高山植生に関する解析結果は,ユーラシア全体から見た日本の高山植生の特徴をより明らかにする上で重要である.また,これらの植生資料は標高,地形などの植物種の成育環境についての具体的データを含むので,対象となる分類群の種生物学的研究に寄与するものである. 植物の化学分類学的研究の一環として含有フラボノイド成分の分離定性用に採集された植物はシダ類10種,アザミとその近縁属およびトウヒレン属の13属31種,タデ科12種であった.これらの種は複数の産地で集団ごとに採集された.これらの材料については,含有フラボノイド成分の分離定性を行った後,同一の,あるいは近縁の日本産の種,または以前に行ったヒマラヤ地域の種との比較生化学的研究を行う.なお,これらの分析材料についてはすべて乾燥標本として保存した. 蘚苔類については高山植生の植物社会学的解析資料を含め約900点の標本を収集した.本地域の蘚苔類フロラはほとんど未知であり,今回の標本にもとづく解析結果が期待される.その解析には時間を要すためまだ結論を出すことはできないが,概してそのフロラの構成要素は多くがヨーロッパ,北米と共通な種類であり,東アジアまたはヒマラヤ地域に分布する種類は非常に少ない.また,比較的低海抜の乾燥地帯から氷河の発達する高山帯まで蘚苔類の生態を観察することができた.特に注目すべき点は,氷河付近の蘚苔類の分布と成育状況で,ヒマラヤでの観察例と合わせると,蘚苔類の成育状況から氷河の活動状況を推定できる可能性がある. 平成8年3月ロシア人研究者を招聘し,アジア大陸の植物の種分化の問題に関して情報と意見の交換を行った.
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