研究概要 |
平成7・8年度にわたり,中国の体育科教育に関して,文教行政担当者,大学の研究者,学校現場の指導者,児童生徒との直接的な討議・対話・調査を通して実情調査を行うとともに,共同研究者の毛博士を招へいし日中両国の体育科教育について比較研究を深めた。 平成8年度の研究実績の概要を要約すれば以下のとおりである 1 両国の国家組織と体育科教育の方向性 日中両国の文教行政における体育科教育は,国家組織とのかかわりで差異が見られる。日本では文部省が学習指導要領に基づき国としての体育科教育の方向性を示しているのに対し,中国では国家教育委員会が体育教学大綱に基づいて指導指針を示しているものの,この他にも国家体育運動委員会から示されている体育鍛練標準手引が各学校に大きな影響を与えている。体育鍛練標準手引には体力・運動能力の評価表が具体的に示されているので多くの学校はこの数値への到達を目指した活動を展開している。 このことは,体育教学大綱が日本で昨今主流となっている生涯スポーツを指向した体育科教育の方向性をも視野にいれた活動を期待しているのに対し,体育鍛練標準手引を根拠として体力増強が何よりも学校の評価を高めることとして,各学校がその方向を目指した活動から脱却できない情況をもたらしている。 中国においては,児童生徒の体育科教育に責任を有する国家教育委員会と,競技力の強化を図り国際社会での中国スポーツの地位の確保を目指す国家体育運動委員会との緊密な連携が今後一層求められている。 1 体育担当教師の体育科教育に関する認識 体育担当教師が体育の目標をどのように理解し授業をどのように構想していくかという認識は,児童生徒の創造的な学習活動に大きな影響を与えるものである 日中両国の体育担当教師の間には認識の差がみられる。両国の国情や指導指針によるものであるが,教科で身に付けさせたい能力資質は,日本がスポーツへの親和的な態度であるのに対し,中国は体力,運動技能,性格形成などを重視している。教師の役割論も,日本は児童主体で授業を展開することを重視しているのに対し,中国は教師主体で体力や運動技能の向上をはかるべきと考える者が多い。単元についても,日本は1つの教材に十分な時間を確保するのに対して,中国は限られた時間で運動技能や体力を高めるという考えのもとに1時間の授業の中で多くの教材を取り扱うような傾向がみられる。 1 生徒たちの体育科教育に関する認識 日々授業を受けている生徒の立場から,体育担当教師の授業に対する考えやその実践を捉えていくことは,授業の問題点を明らかにするうえで欠かせないことといえるこのことに関しても両国には差異がみられる。 中国の生徒は日本の生徒より体育の役割を高く評価している。このことは,体力がつく,精神力が高まる,きびきびと動けるなどという心身面に着目した意見に集中していることからもうかがえる。中国の教育が,知・徳・体の全面発達や国家防衛・国家建設を重視して推進されていることの現われでもある。一方,実際の体育授業の価値については厳しい見方を示している。このことは教師の指導の問題も含め体育授業の現実に不満を感じていることの現われでもあり,授業改善の努力を要することを示すものといえる。 1 中国体育科教育の改革の課題 本研究においては,中国の研究者と幅広く研究討議をしたが,多くの関係者が日本の体育科教育に大きな関心を示した。昨今における中国の開放改革政策に伴う経済の発展による社会の変化がスポーツへのかかわりを増し,近い将来日本と同じような状況をもたらすということを予測してのことと思われる。これらの人々との研究討議を通じて得た中国体育科教育の改革の課題の主なものは,社会の急激な変化に伴う学校体育の役割を再検討すること,体育教学大綱の目的の遂行と体育鍛練標準手引のねらいの達成の整合性を図ること,農村部における体育科教育の充実のための施策を強力に推進すること,体育・スポーツに関する施設設備の基準の一層の整備と充実を図ること,などである。
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