研究概要 |
甲殻類の生殖の内分泌機構については未だ不明な部分が多く,基礎的な面からだけでなく,養殖という応用面からも研究の進展が望まれている.我々は,特に養殖上重要なエビ類を対象にして,雌の卵巣の発達を制御すると考えられているサイナス腺に含まれるペプチドについて,実際そのような活性を有するかどうかを明らかにするため,化学構造と機能の両面からイスラエルの研究者と共同で研究を行い,以下の結果を得た. 1.これまでにクルマエビの眼柄内に存在するサイナス腺から7種類の血糖上昇ホルモン族ペプチド(Pej-SGP-I〜-VII)を単離し,これらのペプチドについてすべてアミノ酸配列を決定した.その結果,これらのペプチドはいずれも全体で72-77アミノ酸残基からなり,分子内に保存された6個のシステイン残基を有することがわかった.生物検定により,血糖上昇活性を調べたところ,IVを除いてすべて活性を示した。IVは別の実験から脱皮抑制活性を有することがわかった.また,イスラエル産のウシエビについても同様の精製と解析を行い,やはりこの族に属する6種類のペプチドを単離し,N末端のアミノ酸配列を明らかにした.これらの配列はクルマエビのペプチドの配列と高い相同性を示した.次に,これらのペプチドをコードするcDNAのクローニングを試みたところ,これまでにIIIとIVのクローニングに成功した.一方,このIIIとIVのC末端10残基に相当するペプチドを化学合成し,ウサギを用いてこれらに対する抗血清を作製し,免疫組織化学によって産生細胞を同定したところ,それぞれの抗血清で染まる細胞と両方の抗血清で染まる細胞が存在することがわかった.これらの染色性が卵巣の発達とともにどのように変化するのか,現在検討中である. 2.クルマエビから得られたこれらのペプチドおよび同じくクルマエビのサイナス腺から純化した赤色色素凝集ホルモン(RPCH)と色素拡散ホルモン(PDH)についてウシエビの卵黄形成期の卵巣片を用いて^<35>S-メチオニンの取り込みによってタンパク合成に対する結果を調べた.その結果,血糖上昇活性を示した6種類のペプチドはすべてタンパク合成を抑制したが,IVおよびRPCH,PDHは促進活性も抑制活性も示さなかった.その抑制は,特定のタンパク質の合成を抑制するのではなく,全体の合成を抑制することもわかった.また,同じ検定系で20-ヒドロキシエクゾソン,メチルファルネソエ-トは何の効果も認められなかった.これらのことから,血糖上昇活性をもつ6種のペプチドの卵巣におけるタンパク合成阻害はかなり特異性の高いものであると推定される. 同様の実験を^3H-ウリジンの取り込みによって転写のレベルで抑制されているかどうかを調べたところ,6種類のペプチドがすべて転写のレベルで抑制することがわかった.また,この抑制も特定遺伝子の転写の抑制ではなく,全体の転写活性を抑制していることがわかった. 3.これまで甲殻類の卵黄タンパク質で構造の明らかになったものは皆無である.我々はウシエビの卵黄タンパク質の構造を明らかにするために,これを卵巣から抽出精製し,SDS-PAGEによってサブユニットに分け,PVDF膜にブロットし,直接配列分析した.その結果,卵黄タンパク質は少なくとも4つのサブユニットからなり,それらの分子量は160kDa,120kDa,96kDa,80kDaと推定された.N末端からの配列分析の結果,前の2者および後の2者はそれぞれ同じ配列を有することがわかった.また,タンパク分解酵素で消化した後,断片化したペプチドを配列分析することによっていくつかの部分配列を決定した.現在,ここから得られた配列の情報を基にして卵巣のcDNAライブラリーからクローニングを行っているところであるが,まだ成功するには至っていない. 以上の結果の1については,すでに部分的に論文として公表しており,2については現在論文を作成中である.
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