本研究の目的は、励起分子のエネルギー緩和・再分配のダイナミックスを、力学系カオスの立場から研究することである。これまで力学系カオスの研究は、主に2自由度系を対象に行なわれてきた。しかしその次元の特殊性のため、より次元の高い系では起こるが2自由度系では見られない現象がいくつか存在する。たとえばArnold拡散や、後で述べるcrisisがその例である。本研究では特に、このような多次元系のカオスに特徴的な性質が、反応過程のダイナミックスにどのような役割を果しているか、という問題を研究してきた。 crisisとは、安定多様体と不安定多様体が交差から非交差に変わる(ホモクリニック多様体の消失)現象を契機として、その前後において、相空間のつながり方・カオスに関与する自由度の数など、系の動力学的な性質が転移をすることである。この現象はGrebogiらによってcrisisと名付けら、主に散逸系のカオスを対象に研究されてきたが、ハミルトン系における研究はまだほとんど無い。このような現象は、3自由度以上の系では一般に見られ得るし、2自由度系においてもパラメータに依存する場合に起こり得る。 具体例として計算したのは、He-I_2である。量子波束の時間発展を調べることにより、crisisに伴う反応経路の分岐が、波束の分裂という現象として現れることを見い出した。これら異なる経路をたどる部分は、異なる時間スケール・終状態をもって解離していく。このように一般にcrisisを経る反応過程では、複数の時間スケール・反応経路が関与するので、多指数的あるいは非指数的な現象が見られる。また、crisisの起こる場所を変えることができれば、それを用いた反応過程の制御も可能性がある。このように、crisisというメカニズムは、化学反応にとって重要な役割をもっていることが考えられる。
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