本研究は、生体高分子間の特異的相互作用のメカニズムを理論的に明らかにしていく方法を発展させていくことを目的としている。分子動力学法によるシミュレーションを行う際には、使用するポテンシャルの質がその結果の信頼性を決定する。そこで、非経験的分子軌道法計算に基づいて、非経験的分子軌道法計算を適用したときと同程度の信頼性を持つ結果を与えることのできるポテンシャル系(ab initio potential)の導出をすすめている。生体系における反応においては、分子の高次構造が別の分子の特異的に結合によって変化することをその制御に利用している、と考えられる場合が多い。このような反応のメカニズムを解明するためには、環境の変化に伴う分子の高次構造の変化を、使用するポテンシャルは表現することができなくてはならない。今年度は、導出している ab initio potentialの質がそのような要求に耐えうるものであることを示した。 プロリン(Pro)-グリシン(Gly)-フェニルアラニン(Phc)の3アミノ酸の部分は、蛋白質中においてβ-ターン構造をとりやすいことが、多くの蛋白質の高次構造の解析の結果から知られている。その3アミノ酸の部分だけをとりだしたトリペプチドである、N-acetyl-Pro-Gly-Pheの、結晶における構造を、ab initio potentialを用いた分子動力学法計算から明らかにした。この分子は、結晶における分子間水素結合のネットワーク形成の仕方に2種類あるため、2種類の異なるβ-ターン構造をとる。さらに、分子間水素結合ネットワークの違いに伴って側鎖の動きやすさにも違いがあることをみいだした。蛋白質の部分構造は、その部分のアミノ酸と相互作用している他の部分の存在によってその高次構造が異なる。本研究で導出しているポテンシャル系はこのような蛋白質の構造変化を表現することができ、生体高分子の特異的相互作用の解明に重要な役割を果たすと考えられる。
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