研究概要 |
生物試料の凍結保存は,低温化と水分活性の低減により長期保存を図るものであるが,凍結・解凍の過程で様々な膠質的損傷が生じ,これが細胞の生残率を著しく低下させる原因となっている.細胞の生死に関わる膠質的損傷の究明には,マクロな伝熱過程と細胞の生死に関わる分子レベルの挙動を連結する試みが必須の課題となる.本研究は,生物体の凍結の機序を,(1)マクロな伝熱過程,(2)細胞レベルでのミクロ挙動,さらには(3)分子レベルでの水の結合状態などの階層的な視点のもとで明らかにするとともに、それらに与えられた系統的な記述を連結させることにより,新しい輸送現象論を確立することを目的とする. 前年度までに、(1)と(2)に対するミクロスコピックな速度論の展開と,(2)と(3)に対する実験的追究を進めてきた.最終年度である本年度は,(1)〜(3)の各階層に対する記述を連結させた輸送現象モデルの提示と計算を進めた.以下に得られた成果を記す. (1) 階層の中位にある細胞レベルの挙動,特に細胞内の氷晶形成を高い解像度で記述する速度論の追究を目的に,小麦ブロトプラストを供試したin vitroな凍結実験を行った.その結果,細胞外氷晶が膜表面での不均質核生成を発生させる要因であり,また,細胞膜の収縮はその作用を抑制することが明らかにされた. (2) 膜表面での不均質核生成(Surfec catalyzed nucleation:SCN)モデルに上記の動的因子を組み込んだ細胞凍結モデルが提示され、その有効性が検証された. (3) 各階層に対する記述を連結させ、マクロな伝熱過程を決定する操作パラメータ(冷却速度,凍害防御剤の濃度)ならびに生物試料(膜透過係数,組織体寸法)に対して凍結後の細胞の生残率を得るモデルが構築され,これによりマクロとミクロを連成した輸送現象論の確立が概ね達成された.
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