研究概要 |
遺伝子進化の大部分は中立進化で記述できると考えられているが,中には少数ながら,正の自然淘汰によって進化している遺伝子もあるはずである。特に細胞表面の分子は,タンパク質であれ,糖鎖であれ他の生物・細胞との相互作用を引き起こしやすいので,細胞内の分子よりも生物間・細胞間相互作用による自然淘汰を受けやすいと想像される。血液型は赤血球細胞表面の分子構造の違いを人間が抗原抗体反応などで識別したものである。したがって,血液型遺伝子には,正の自然淘汰を受けているものの割合が高いことが期待される。ヒト以外の霊長類でも以前からABO式血液型類似の免疫反応が知られていたが,最近山本らによって,ヒトのABO遺伝子座に対応する塩基配列が,チンパンジー,ゴリラ,オラウータン,ヒヒなど数種類の霊長類によって決定された。本研究では,ABO式血液型遺伝子の塩基配列を,ヒトを含む霊長類で比較し,分子進化学的解析を行なった。その結果,ABO式血液型の遺伝子座は,典型的な遺伝子座で期待される,対立遺伝子が互いに淘汰上中立であるという,分子進化の中立説が予言するパターンにあてはまらないことがわかった。その理由は,A対立遺伝子とB対立遺伝子の違いは通常の互いに中立な対立遺伝子の違いよりはるかに大きいこと,祖先型であるA対立遺伝子から,ヒト・ゴリラ・ヒヒの系統でB対立遺伝子が独立に進化してきたことである。これらは,霊長類のABO式血液型遺伝子に正の自然淘汰(平衡淘汰)が生じている可能性を示唆する。一方,ヒトのABO式血液型のさまざまな対立遺伝子の塩基配列のデータ解析も行なった。
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