研究概要 |
FG7142(N-methyl-β-carboline-3-carboxamide)は実験的に合成されたβ-carboline誘導体で,ヒトに対して厳しい不安発作を生ずる物質であることが知られている。平成7年度において,FG7142がタバコ煙中に存在するばかりでなく,大気粉じん,ゴミ焼却場灰,植物(木材など)の燃焼煙中に存在することを明らかとした。また,FG7142の発生機序については植物中のトリプトファンあるいはβ-carbolineが燃焼中に生ずる揮発性アミン(メチルアミン)と反応して生ずる可能性が最も考えられることを明らかとした。また,室内空気がタバコ煙中のFG7142により汚染されていることも証明した。こうした知見はFG7142が広く環境中に分布していることを示すと共に植物の燃焼過程で形成されることを示唆している。 平成8年度の研究においては環境中のFG7142がヒト精神機能に影響を及ぼしているかどうかを判断するために,ヒトにおけるFG7142の曝露レベルを推定した。既に確立している高速液体クロマトグラフによるFG7142の測定系を用いて,ヒト尿中FG7142レベルと1日排泄量を測定した。さらに,尿中排泄量から真の曝露レベルを推定するために,動物実験を行い,摂取量(あるいは曝露量)のどの程度が24時間内に尿中に排泄されるかを検討した。この結果,ヒトにおけるFG7142の尿中排泄量は喫煙者では1日当たり平均2.1ngで,非喫煙者では平均0.5ngであった。また,動物実験においてはラットを用い,体重0.5mg/kgから5mg/kgのFG7142を腹腔内投与し,尿中への排泄量を検討した。この結果,投与量の約80%が24時間以内に尿中に排泄された。つまり,動物実験のデータをヒトに外挿できると仮定すれば,ヒトにおける真の曝露レベルは数ng以下と考えられる。一方,人体実験のデータでは血中のFG7142レベルが150ng/ml以上の場合にのみ不安発作が認められている。したがって,環境中に存在するFG7142はそれのみでは,ヒトに不安発作を生ずる可能性は低いと判断される。しかし,FG7142の慢性曝露の影響についてはほとんど情報がないことや,他の不安誘発物質との相互作用が判明していない現状では環境中のFG7142がヒト精神機能に影響を及ぼしているかどうかについて結論はできない。
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