STM発光分光は表面分析の新しい手法として注目されている。STM探針先端から放出されるトンネル電子ビームの直径は1nm以下であるから、これに匹敵する空間分解能がSTM発光分光に期待されるが、実際の分解能はこれに劣る。その原因は探針ドリフトにある。STMは環境の温度揺らぎなどの原因で、探針位置が時間の経過とともに不規則に変化することが知られている(探針ドリフト)。一方、STMからの発光は微弱なため、その計測には多くの時間(数百秒かそれ以上)が必要となる。STM発光分光の位置分解能はこの露光時間内の探針ドラフトに支配されているのが現状である。 本プロジェクトではこの点を改善するために新しい探針位置固定機構を開発した。その手法の概略は以下の通りである。スペクトル計測に必要な露光時間をnTと仮定する。まず試料表面の凹凸像を計測し、その中の1つの表面構造からのSTM発光をT時間だけ計測する。その後、発光計測前と同じ領域のSTM像を計測し、2つのSTM像を比較する。もし両者に差異があれば探針ドリフトが発生したことになるが、その量は2つの像の比較から算出できる。このように算出された量だけ探針位置を移動させれば、ドリフトが発生する前の位置にもどったことになり、同じ構造からの発光計測が再び可能になる。以上のプロセスをn回繰り返すことにより、nTの時間の露光が可能になるが、ドリフト量は最大でもT時間に発生するものに止めることができる。Tを十分小さくとることにより、ドリフトの影響の少ないSTM発光分光が可能になる。 以上のアルゴリズムを実現するソフトウエアーを試作し、開発した機構が有効に作用することを確認した。
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