研究概要 |
本研究の目的は、ロールズが『正義論』(1971)で示した、カント的なプログラムによる正義論構築という試みが、それ以降の諸論文および『政治的リベラリズム』(1993)においてどのように受け継がれているか、またどのような変化をこうむったかを検討しようというものである。 『正義論』では、原初状態をカントの目的の国に相当するものと考える見方が示された。しかし、このような仕方で正義論を構築することに対しては、サンデルを代表者とする共同体主義の側からきびしい批判が浴びせられた。もっともロールズ自身はこれらの批判が自説の変更の理由だとは認めていないが。 1980年頃から、ロールズはカント的構成主義を自説の中核に捉える。正義論構築に際して、社会を自由で平等な人間による公正な協力体制としてとらえ、そのような社会の規範原理の素材を、西洋近代社会の民主主義的文化に内在する基本的直観に求めようとする。これは、目的の国の相当物を、原初状態ではなく現実の社会の求める方向であると解釈できる。原初状態は、原理選択を理解しやすくするための単なる表現手段とされるに至った。 このような変更から生ずる問題点として、民主主義文化とされるものがどの程度共有されているのか、現代アメリカでも全員がこの文化を肯定しているわけではない時に、この文化の反対者をunreasonableとして拒否する根拠は何か、という点があげられる。 また、最近『正義論』でのカント的要素は安定性の議論においてのみ見られるとの主張がなされてきた(Freeman, Barry)。これは、本研究の出発点に対する批判となるものであり、今後の課題である。
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