海馬が空間再認知記憶に密接に関与していることは、ヒトの臨床的知見やサルやラットの摘除実験で示唆されている。本研究では前頭葉や下頭頂小葉と海馬を結ぶ空間情報径路にあたり、上記のサルや海馬摘除の損傷域に含まれていた後部海馬傍回皮質(TF野・TH野)と、側頭葉と海馬を結び物体情報経路にあたる嗅周皮質の、対象認知記憶と空間認知記憶に関する機能的意義を検討した。具体的には10頭のニホンザルを用いて、空間再認記憶課題である場所を手がかりとした遅延見本合わせ課題と対象認知記憶課題である物体(本研究では色)を手がかりとした遅延見本合わせ課題に及ぼす後部海馬傍回皮質摘除と嗅周皮質摘除の効果を検討した。摘除前に、場所を手がかりとする遅延見本合わせ課題を動物に学習させ、達成後、3頭の後部海馬傍回皮質と他の3頭の嗅周皮質を、手術により吸引摘除した。残りの4頭は非摘除対照群として用いた。述後、再度空間認知記憶課題を課し、その成績を対照群と比較検討した。色の認知記憶課題については、摘除後空間認知課題の実験終了後に初学習として課し、対照群と成績を比較した。 その結果、後部海馬傍回皮質摘除群と嗅周皮質摘除群は、ともに空間認知記憶課題学習の保持に障害を示した。しかし、対照認知記憶課題については嗅周皮質摘除群は、重篤な障害を示したが、後部海馬傍回皮質摘除群は全く障害を示さなかった。これらの結果から、視覚性認知記憶の空間認知記憶と対照認知記憶に嗅周皮質を含む海馬傍海皮質が同じ機能的役割を持つのではなく、異なることが明らかになった。すなわち、対象認知記憶には嗅周皮質が強く関与するが、後部海馬傍回皮質は全く関与しないのに対して、空間認知記憶には後部海馬傍回皮質のみならず嗅周皮質もまた強く関与する可能性が示唆された。
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