バイリンガルの記憶表象については、2つの言語がそれぞれ独立した記憶表象をもっていると考える説と、言語に依存しない共通の概念システムが存在すると考える説がある。この2つの説を検討するにあたって、本研究では、バイリンガルの熟達度の指標として一番適切なものを選択するために、ストループ干渉量・言語/色彩値・単語読み時間・絵画命名時間などの認知的な指標と、滞在年数・現在の言語環境・被験者自身による自己評定・第二言語の学習方法などの言語的背景との関連を検討する。また干渉パターンの結果から記憶表像の構造についても示唆を得る。<方法>被験者:日本語と中国語のバイリンガルである中国人留学生10人。刺激材料:石王(1990)で用いられた線画と日本語の聴覚単語。単語と絵の組み合わせによって5種類の一致度がつくられた。実験計画:反応言語(2)×SOA(2)×一致度(5)の3要因計画法で、すべて被験者内要因。手続き:個別実験。最初に線画の日本語(中国語)の名辞が確認された。その後刺激提示の概要が説明され、提示された絵の名前をできるだけ速く日本語(中国語)で答えるように教示がされ、答えるまでの反応時間(RT)が測定された。被験者の言語的背景を調べるための質問紙が、実験後に行われた。<結果と考察>両言語において有意な干渉がみられ、言語間干渉がみられることからは、2つの言語の記憶表像は共通のものだということが推察される。反応言語による違いでは、SS条件(線画と単語は同一)が日本語では促進を示しているのに中国語では大きな干渉を示している。これは聴覚提示の単語が日本語であるので、絵と同じ単語を言われると思わず日本語を言ってしまいそうになるためだと考えられる。また、日本語では意味関連の程度によって干渉量が異なって現れたが、中国語ではそれが見られない。中国語で答える際には、日本語の単語の意味は関わらないことになる。この結果からは、それぞれの言語にそれぞれの記憶表象があるという可能性が考えられる。ただ、被験者の言語的背景と干渉量との関係については一定の結果が得られず、今後さらに検討することが必要である。
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