私の研究テーマである全体史としての西欧ブルジュワジ-の源流は前回の経済史・社会史研究と今回の心性史研究によって完結する。この3年間で達成された研究成果をまとめると次のようになる。 金持ち蔑視の思想はキリスト教世界に共通した現象ではなくて、飽くまでもローマ・カトリック世界に限定されていた。ギリシア世界との対照はアレクサンドリアのクレメンスの著作、ギリシア・シリア商人の活躍、大罪観念の未浸透、聖者伝作家の思想、皇帝による商工業の育成、西側教父による東方人批判を通して検証された。 金持ちの誕生を立証するには物質面と精神面の両面からのアプローチが不可欠となる。前者に関しては、貨幣経済の発展を中心に、都市の復興、定住地の急増、分業化の進行、領邦君主による貨幣政策、支出の増大、建設ラッシュを通じて、「土地の時代」から「貨幣の時代」へ転換が多面的に実証された。そして中世史料におけるブルジュワへの言及の少なさを補うべく、ブルジュワ及びそれと置換可能な語である「金持ち」(Dives)とを手がかりに、古代末期から12世紀に至るまでの西ヨーロッパにおける「金持ち」家系を抽出すると同時に、中世盛期の西ヨーロッパの代表的「金持ち」家系の出自、財産構成、親戚関係、社会的上昇の経緯などを明らかにした。その結果、金持ちの誕生は11、12世紀の西ヨーロッパに共通した現象であることが判明した。これらの金持ちはブルジュワと貴族とに分類されるが、何れも貨幣を手段にした成り上がり者であった。これらの成り上がり者は「金持ち」を姓名の中に組み入れ-この時、彼らは呪われたラテン語を放棄する-、貴族と親和的関係に入り、慈善を重ね、禁欲的生活を送ることによって社会的に公認されていく。そして金持ちの誕生は仲間を聖者の列に送り込むことによって終了する。
|