研究概要 |
本研究の目的は、ラジカルのように化学的に活性な分子種が関与する分子間相互作用を、高分解能分光法を駆使することによって解明し、ラジカル反応の微視的過程の詳細が迫ろうとするものである。具体的には、最も基本的なラジカルであるOHもしくはSHと原子や分子とが結合して生成する分子錯体を取り上げ、回転スペクトルの測定によって幾何学的構造、内部運動、結合性について分光学的に明らかにすることを目指した。測定法としては、ラジカルの前駆体であるH_2OやH_2Sを希ガス中に希釈した試料を、超音速ジェットとして噴出しながらパルス的に放電することによってラジカルを含む分子錯体を生成させ、高い検出感度を持つフーリエ変換マイクロ波分光法によって回転遷移を観測するという手法を用いた。原子とラジカルが結合した系としてOH-NeとSH-Arの回転スペクトルを初めて観測した。既に観測に成功しているOH-Ar,OH-KrとOH-Neの結果を比較することにより、OHラジカル周りの分子間ポテンシャルが希ガスパートナーによりどの様に変化するかを系統的に明らかにすることができた。一方、SH-Arでは見かけの遠心力歪み定数が負になるという異常が見いだされ、SHラジカルに関する分子間ポテンシャルはOHと様相が異なることが示唆される。ラジカルと分子よりなる系としてはOH-H_2OおよびSH-H_2Sのものと思われるスペクトルを観測することに成功した。スペクトルのパターンは極めて複雑で、OH,SHラジカル単体中での電子軌道・スピン角運動量の結合様式が、近傍に存在する分子の影響によって大きく変化したためであると考えられる。詳細は現在解析中であるが、OH+H_2O→H_2O+OHのような基本的なラジカル反応と直接対応する系において、近接する分子によるラジカルの電子状態の変化を分光学的に検証した初めての研究例である。
|