ある種の四座シッフ塩基配位子を含むオキソバナジウム(IV)錯体は、結晶化させる際に用いる溶媒の種類により緑色と橙色の2種類の結晶が生じることをすでに報告した.今回、X線結晶構造解析により、緑色錯体は五配位四方錐単核構造であるのに対し、橙色結晶は単核錯体が・・・V=O・・・V=O・・・と連なった一次元鎖状構造であることを明らかにした.いままで、同一組成でありながら全く異なる幾何構造を持つ錯体の例はほとんど知られておらず、この2種の錯体は、吸収スペクトルの研究のような理論的研究を行うのに適した系といえる. 橙色結晶は乳鉢中ですりつぶすことにより緑色へと変化する.また、緑色結晶は加熱により橙色へと変化する.しかし、変化した後の錯体は、いずれも非晶質となっていた(粉末X線回折スペクトル測定による).そこで、変化した後の錯体の構造を知る目的で、まず赤外線吸収スペクトルにおけるV=O伸縮振動のバンドに着目して構造を解析した結果、いずれも、はじめに得られた橙色錯体と緑色錯体の混合物であることが明らかになった.さらに、高エネルギー研究所におけるEXAFS測定結果もこの結果を支持した. 研究の過程で、橙色結晶をクロロホルム蒸気にさらすと緑色に色変化(構造変化を伴う)し、また、逆に緑色結晶をアセトニトリル蒸気にさらすと橙色に変化することを見出した(可逆的変化).結晶構造から考えて容易に起こりそうに思われないこのような構造変化が、現実に起こっていることは極めて興味深い.この機構についてさらに研究を続ける予定である.
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