研究概要 |
コムギの近縁野生種Aegilops crassaの細胞質(D^2)をもつパンコムギ農林26号[(cr)-N26]は短日条件下では可稔であるが、長日条件下では不稔となる日長感応性細胞質雄性不稔(PCMS)を示す。crassa細胞質に関する種々の組合せの核-細胞質雑種コムギにおけるミトコンドリア遺伝子のRFLP分析を行ってみると、N26,Chinese Springの核をもつ核置換系統では、正常であったが、農林61号の核ゲノムをもつ(cr)-N61、およびEMS処理をしてえられたFR-mutantのcoxIII,orf25遺伝子の近傍に構造変異が検出された。このことはミトコンドリアゲノムに構造変異をおこす核因子の存在を示唆する。構造変異をDNAレベルで解析するため、coxIII,orf25遺伝子近傍約20kbpについてN26,(cr)-N26,FR-mutant,(cr)-N61のmtDNAをクローニング、物理地図を作成し、変異領域を特定した。さらに、塩基レベルで解析するため、それぞれの系統のcoxIII近傍領域約7kbp,orf25近傍領域約8bkpの塩基配列を決定した。crassa細胞質のorf25遺伝子のプロモーター領域の配列がrps7遺伝子の相同領域と組み換えを起こしていることが判明した。この再編成は転写単位の変換を示唆する。そこで、異なる核ゲノムの背景でのミトコンドリア遺伝子の転写パターンを解析した。上記4系統を、暗所で育成し、ミトコンドリア(mt)RNAを抽出した。mtRNAと機能が判明している10種類のミトコンドリア遺伝子(atpA,atp6,atp9,coxI,coxII,coxIII,cob,nad3/rps12,nad5ab,orf25)をプローブにして、ノーザンブロット解析を行った。10種類のミトコンドリア遺伝子のうち、orf25は核置換系統とその細胞質提供親であるAe.crassaとが異なる転写パターンを示した。本研究により、ミトコンドリア遺伝子の構造変異を誘起する核因子、転写パターンを変異させる核因子の存在が明らかになった。これらの核遺伝子の詳細な解析は植物における核・細胞質相互作用の分子的解析に新たな展開をもたらすに違いない。
|