筆者らは、ウシ精子一個を卵細胞質内に強制的に注入して授精させ、受精卵の作出と子ウシの生産が可能なことを実証した。しかし精巣内には精子以外に精子形成過程の精祖細胞、精母細胞、精娘細胞、精子細胞などの精細胞が多数存在する。特に精子細胞は、減数分裂を終了し、精子と同様に半数体である。そこで精子の代わりに精子細胞を卵細胞質内に注入して、受精卵を作出して子ウシを生産する可能性が十分考えられる。さらには精子細胞になる前の精祖細胞、精母細胞、精娘細胞を体外培養して減数分裂を完了させて精子細胞や精子まで発生させることができたら、これらの細胞を用いて顕微授精が可能になると考えられる。これらの可能性を追求することは受精生理学や発生学上きわめて意義あるものである。そこで本研究では下記の点について研究を進めた。 1.ウシの精巣や精巣上体の各部(頭部・中片部・尾部)から未熟精子を採取してウシ卵子内に顕微注入し、受精卵の作出を試みた。 2.ウシ精巣から採取した精子と精子細胞をウシ卵子内に顕微注入して受精卵の作出の可能性の有無を調べた。 3.ウシ精巣から精娘細胞を集めて体外で精子細胞まで培養して顕微注入に用い、受精卵の作出を試みた。ウシの精巣や精巣上体中の未熟精子をウシ卵子内に顕微注入すると正常な受精卵が得られることがわかった。また精子細胞の顕微授精でも正常な受精卵が得られ、その受精卵の品質(細胞数/胚盤胞)は、生体から回収した受精卵と同等であることがわかった。 以上の成果は、顕微授精の新たな可能性を示し、今後希少動物の増殖、優秀な雄ウシ精子の有効利用あるいはヒトの不妊治療に役立つものと思われる。
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