研究概要 |
脊髄は中枢及び末梢神経系の相互の連絡をし,かつ脊髄内に種々の体性及び自律神経系の(反射)中枢が局在する。脊損患者において日時の経過とともに発汗,排尿・排便等の自律機能の回復が知られている。これは上位中枢の支配からの離脱後に脊髄レベルの自律神経中枢が覚醒したため考えられる。脊損患者及び実験的脊髄動物の生理的状態についての報告はあるが,脊髄離断後の自律機能回復機序の詳細は未だ充分に明らかでない。本研究では慢性脊髄ラットを使用し実験的脊髄切断後の血圧及び尾血流の調節能の回復を血中カテコールアミン濃度の推移と関連して検討した。結果A:急性脊髄切断効果:麻酔ラットにおいて脊椎骨のTh1及びC7のレベルで切断したものを各々A群及びB群とした。 A群の場合脊髄切断直後100分の間,血圧はやや低下したが,心拍数は一過性に増加し体温は持続的に上昇した。他方B群においては切断直後血圧は著しく低下したが心拍数・体温の増加・上昇は認められなかった。慢性脊髄ラットとしてはA群が生存率がよかった。A群においては胸髄のTh1が無傷のまま残存するためと考えられる。B:ラット尾部血管の薬理学的研究:慢性脊髄ラットの尾部皮膚血管は収縮・弛緩の中間状態を呈する。アドレナリンβ-受容器の遮断剤のプロプラノロール8mg/kg(ip)で尾部血管収縮が起こり,またアドレナリンβ作動薬のイソプロテノール0.1mg1kg(ip)で血管収縮が観察された。両反応は注射操作の機械的刺激によるものでない。神経性の血管支配から離脱状態での皮膚血管に対する液性的調節に関して興味深い知見である。C:血漿カテコールアミン濃度の消長:平均約120mmHgあった血圧は脊髄切断後第1日目以降は80〜120mmHgのレベルを維持して,脊髄切断後第4目ではじめて切断直後の値に比較して有意の回復が認められた。しかしOsbornらの報告(Am J Physiol,1989)の様に正常値に近くまで回復しなかった。全身の交感神経系の活動の指標としての血漿ノルアドレナリンの濃度は脊髄切断によって著明に低下した。脊髄切断第1週目で50±32pg/ml(N=6;5.5±0.7days)よりも第2週目,147±42pg/ml(N=7;11.0±0.8days)において有意(p<0.05)に高かった。一方,血漿アドレナリンは脊髄切断後第1週目で595±324pg/ml,第2週目で309±153pg/mlとなり両者に有意差は認められなかった。以上の結果から慢性脊髄ラットでは副腎髄質等から分泌される液性要因がより重要であることが示唆された。
|