研究概要 |
海馬CA1領域のシナプス伝達長期増強(LTP)における逆行性伝達物質の候補として,一酸化窒素(NO),アラキドン酸,血小板活性化因子(PAF)が知られている。特に,アラキドン酸,PAFは海馬CA1において灌流液中に投与することによって,LTP様のシナプス伝達増強を誘発することが知られている。本研究では,これらの逆行性伝達物質の海馬神経細胞におけるシグナル伝達系,シナプス伝達増強のメカニズムについて培養海馬神経細胞を用いて追究した。LTPの発現において,重要な役割を果たしているプロテインキナーゼC(PKC),CaMキナーゼIIの活性化反応を調べた。培養海馬神経細胞をあらかじめ,^<32>P-燐酸でラベルして,PKCの基質であるMARCKSとCaMキナーゼIIの基質であるシナプシンIの燐酸化反応を解析した。NO産生物質とアラキドン酸は両酵素系を活性化しないのに対して,PAFは10nM以上で持続的にMARCKSとシナプシンIの燐酸化反応を亢進させた。ミエリン塩基性蛋白質を基質としたゲル内燐酸化法を用いてMAPキナーゼとCaMキナーゼII活性化反応について調べた。CaMキナーゼIIは10分以内にピークを示し,一過性に活性化されるのに対して,MAPキナーゼは持続的に活性化された。一方,ラット大脳皮質から純粋に培養したアストロサイトをPAFで刺激すると,いずれの酵素系においても活性化反応は認められなかった。このことは培養神経細胞において認められたPAFの効果が神経細胞に由来することを示唆している。PAFはPKC,CaMキナーゼII,MAPキナーゼを活性化してシナプス前終末に存在するMARCKS,シナプシンIの燐酸化反応を亢進させることから,海馬LTPにおける有力な逆行性伝達物質と考えられる。
|