研究概要 |
わが国の肝細胞癌では高率にC型肝炎ウイルス(HCV)の感染が認められるが,HCV感染と肝発癌との生物学的関連はまったく解明されていない.HCVのとくに非構造蛋白領域NS3は蛋白分解酵素のコード領域としてウイルス複製に重要な役割をはたしている可能性が高い.さらに,このNS3遺伝子発現蛋白の細胞生物学的作用によってウイルス感染細胞の形質転換が生じ,ウイルス感染肝細胞の腫瘍形成能が強く活性化されることが大いに示唆される.この点を解明する目的でNS3遺伝子の細胞内導入を行い,以下の成果を得た.1.HCV-NS3領域を組み込んだベクターを作成し,マウス正常細胞(NIH3T3細胞)およびヒト細胞(HepG2細胞,IMR32細胞)への遺伝子導入に成功し,導入細胞にHCV-NS3遺伝子発現を証明した.2.このHCV-NS3発現によって,細胞遺伝子発現の程度がHCV-NS3アミノ末端側発現細胞とカルボキシル末端側発現細胞とで相違し,前者の細胞では細胞遺伝子発現が明らかに亢進していることを示した.3.HCV-NS3アミノ末端側を導入したNIH3T3細胞には,非導入細胞に比し2倍以上の細胞増殖性が発現し,明らかなコロニー形成能の亢進が認められることを発見した.4.遺伝子導入を行ったNIH3T3細胞をヌードマウス皮下に接種して,接種動物に腫瘍形成が発生すること,この腫瘍形成はHCV-NS3アミノ末端側を導入したNIH3T3細胞においてとくに高率であることを見いだした.5.HCV-NS3導入遺伝子を種々に失欠させて細胞の形質転換能を追及すると,遺伝子導入NIH3T3細胞の増殖能はアミノ末端側導入失欠株においても亢進しており,HCV-NS3の細胞形質転換能の発現はHCV-NS3のアミノ末端側の1011アミノ酸から1095アミノ酸までの間に存在することを示した.以上の成績は,HCV-NS3のとくにそのアミノ末端側領域には細胞機能の転換作用が存在し,この細胞内導入によって細胞は形質転換を起こすことが示唆された.
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