研究概要 |
[研究目的]最近のサルの随意運動における各大脳運動皮質の機能的役割の研究の進歩には目を見張るものがあり、例えば補足運動野は運動の意図を運動指令に転換する過程に関与し、帯状回運動野の前部領域は内因的に自己のペースで運動を開始する時に関与することが報告されている。しかしヒトにおいてはこのような前頭葉内側面の機能的役割については殆ど分かっていない。しかし前頭葉内側面損傷後に手に触れた物を不随意に握ってしまう把握反射や、触れた物あるいは見た物に対して接触を求めようとし、それを不随意に握ってしまう本能性把握反応が出現することが古くから知られている。また最近では病側と反対側の手が目の前に置いた道具を不随意に掴み、それを強迫的に使用するという「道具の強迫的使用」や検者の行為を無批判に模倣してしまう「imitation behavior」など様々な異常行動が報告されている。しかしそれらの責任病巣および発現機序については殆ど分かっていない。そこで一側大脳半球内側面が損傷された症例に上記の様々な病的把握現象とそれに関連した異常行動を観察し、その症状とMRIによる病巣との対応を検討することにより責任病巣および発現機序を考察し、ヒト前頭葉内側面の機能的役割について検討した。 [研究実施および結果]症例は梗塞あるいは出血にて一側大脳半球、主として前頭葉内側面が損傷された34例を対象とし、全員発症6週間以内に病的把握現象およびそれに関連した異常行動を観察した。その結果、把握反射は主として対側の補足運動野の障害により、本能性肥握反応、特にmagnet reaction,visual gropingと呼ばれている接触した物あるいは視野内に提示した物を追跡し把握する異常行動は対側の前部帯状回の中-後部(脳梁体部周囲)の障害により、imitation behaviorは対側の前部帯状回の前部(脳梁膝部周囲)の障害により、道具の強迫的使用は対側の前部帯状回の前、中-後部の広範な障害により生じることが判明した。 [考察]把握反射は患者の手掌面を強く擦り表在および固有深部知覚を刺激することにより誘発される把握運動であることから、把握反射は感覚刺激に対して反応する一次運動野の機能を調節制御する補足運動野の機能障害により生じ、magnet reaction,visual gropingは外的刺激に対して反応する探索行動を調節制御する前部帯状回の中-後部の機能障害により生じ、imitation behaviorは外的刺激が動機的に意味のある情報かどうか評価され、その情報に基づいて外的刺激に対して行動を調節する前部帯状回の前部の機能障害により生じ、道具の強迫的使用は前部帯状回の中-後部障害により生じるvisual gropingに加え前部帯状回の前部の外的刺激に対しての内因的な行動調節機能も障害されるために生じると思われた。
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