研究概要 |
Helix-loop-helix(HLH)構造をもつ転写因子は細胞の増殖や分化,腫瘍化に重要な役割を果たしている.HLH蛋白に属するId蛋白は,塩基性のDNA結合モチーフを欠くために他のHLH蛋白がDNAのE-boxに結合することを抑制し,DNAの転写を調節する.従来,マウスId/蛋白は造血系細胞やリンパ球系細胞の分化を抑制すると考えられてきた.本研究では,造血系とリンパ球系細胞において,ヒトId1,Id2,Id3mRNAの発現を調べ,細胞分化や増殖,白血病化とどのように関連するかについて検討した. その結果,以下のような新知見が得られた.(1)ヒトId2mRNAは顆粒球や単球系に分化傾向を持つ急性骨髄性白血病細胞の臨床検体や,正常の成熟顆粒球やマクロファージ,骨髄単核球で発現していた.(2)骨髄球系細胞(HL-60)や骨髄単球系細胞(PLB-985),単球系細胞(U-937,THP-1)を,chemicalinducerを用いて成熟顆粒球や単球へと分化誘導したところ,ヒトId2mRNAの発現は著明に増加した.(3)一方,ヒトId1やId3mRNAの発現は一部の白血病細胞株においてのみ弱く認められた.これらの結果より,ヒトId2蛋白は骨髄球系,単球系細胞の分化に強く関与していると推定された.しかし,ヒトId2mRNAのantlsense oligonucleotldesはHL-60の増殖を抑制し死滅させていまい,明確な結論が得られなかった.以上の結果は,マウスのId/蛋白で広く得られている結果と相違した新知見であると思われる. さらに,正常リンパ球やリンパ球系白血病細胞において,Id蛋白がや白血病細胞の分化・増殖に及ぼす影響について検討した.その結果,(1)HTLV-IおよびHTLV-II感染細胞株や,臨床検体より得た成人T細胞白血病(ATL)細胞ではId2mRNAが強く発現していた.(2)T細胞白血病株ではId2とId3mRNAのいずれかが発現していたが,B細胞白血病株ではその両者を発現していた.(3)正常末梢血ヒトリンパ球ではId2mRNAのみが発現していた.PHAで刺激すると,チミヂンの取込の増加と並行して,Id2mRNAの発現は低下し,Id3mRNAの発現は増加した.(4)白血病細胞株にHTLV-IのTax,Rex遺伝子を形質導入し,IdmRNAの発現を調べたが,有意な結果は得られなかった.これらの結果から,Id蛋白はリンパ球の調節に関与していることが強く推定された.
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