研究概要 |
糖尿病患者における動脈硬化症は、非糖尿病者に比べて約10年若年から発症し、諸危険因子(高脂血症、高血圧症、喫煙)を補正しても依然として非糖尿病者に比べて2-3倍高頻度であり、患者の生命予後決定因子となっている。そこで糖尿病に特徴的な動脈硬化危険因子(高血糖、酸化LDL、インスリン抵抗性)がどのような機構で動脈硬化発症・進展に関与しているかを血管分子生物学的方法にて検討することは、今後の予防・治療の戦略を検討する上で重要である。既に我々はこの2年間文部省科学研究費を受け以下の点を明らかにしてきた。1)高血糖条件での酸化ストレスの亢進:高血糖状態では、血管内皮細胞での活性酸素処理系としてのグルタチオンレドックス(GR)サイクルが低下し、活性酸素産生の亢進により酸化ストレスが亢進する(Diabetologia 1994, Diabetes 1995, Diabetes 1996)。2)高血糖状態に伴う血管内皮細胞の細胞間接着因子(ICAM-1)発現増加・高血糖状態では、血管内皮細胞における細胞接着因子のうちICAM-1が特異的に増加し単球との相互作用が亢進した(Life Science 1994)。3)酸化LDLとMCP-1遺伝子発現:酸化ストレス状態で産生される酸化LDLにより血管内皮細胞の動脈硬化促進性サイトカインとしてMCP-1mRNAが誘導される(Metabolism 1996)。この活性は血管内皮細胞を抗酸化剤にて処理することにより完全に正常化し、またその誘導機構として転写因子-NF-kBの活性化が関与していることが明かとなった(Diabetologia, in press)。4)インスリン抵抗性機構の解明:インスリンによる細胞増殖の調節は、インスリン受容体チロシンキナーゼとプロテインチロシンホスファターゼ(PTPase)により調節を受けている。本研究では非受容体型PTPaseであるPTP1BとSHP2について検討した。高血糖下におけるインスリン作用異常はPTP1Bの活性化によるインスリン受容体脱燐酸化によった(End. J 1995, BBRC 1994)。更にインスリン感受性増強剤により高血糖下PTPase異常は改善した(J Biol Chem 1995)。一方、促進性PTPaseとしてSHP2が存在し、このPTPaseドメインを欠損した変異遺伝子を線維芽細胞に導入したところ、インスリン情報伝達系の障害が認められた(BBRC 1994, FEBS lett 1994, J Biol Chem 1996, BBRC 1996)。5)血管平滑筋細胞におけるインスリン抵抗性と細胞増殖シグナル:培養平滑筋細胞(SMCs)を用いて、インスリン作用を検討した。SMCsのインスリン作用はShc、Ras-MAP系情報伝達は認められず、PI3キナーゼの活性化が主な経路であった。このインスリン情報は慢性高インスリン状態にて脱感作され(Atherosclerosis 1995)、アミノ酸輸送系(A system)の活性化に関係した(Circ Res 1996)。
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