研究概要 |
平成7・8年度研究計画に従って,本研究の中心的備品「明治以降電信・電話関係図書コレクション」と「明治以降工業教育機関学校関係図書」を東京の文生書院から購入した。これら相当量の文献的資料に依拠しながら,明治維新以来の日本の電気通信事業の展開過程を逓信省工務局の歩みを軸とながら辿り,そ多くを電気通信技術に依拠せざるを得ない今日の生涯学習社会の技術的基盤形成過程を明らかにすることに努力した。 この時,電信・電話技術研究,電信・電話網建設,電気通信にかかわる政策・行政,電気通信関係技術者養成の4つの視点から歴史的・社会的に過不足なく把握することを目指した。平成7・8年度研究過程において,この目論見は少なからず達成されたと思われる。この研究においては,大正時代中頃より昭和10年代にかけて逓信省が臨時電信電話局や工務局を設置して推進した大電話網建設過程がなんといっても重要であることが判明した。この過程に稲田三之助,梶井剛,松前重義,篠原登などの戦後にも活躍した有為の指導的逓信技師たちが登場し,当時の時代状況の中で,日本と「満州国」を結ぶより明瞭な音声を運ぶ長距離電話ケーブル,すなわち無装荷ケーブルの開発・実用化・敷設に渾身の力を振るったのである。また学界の電信電話学会の取組,そして逓信省に様々な機器とケーブルを納品している民間会社の協力もおおきかった。逓信省工務局内に技術行政を担当する調査課が新たに設置され、無装荷ケーブルを発案した松前重義を初代課長として,この無装荷ケーブル開発・実用化・敷設の過程が,日本の電気通信技術の一大国産化運動の過程としても推進されたのである。この延長上に戦後の同軸ケーブルや光ファイバー・ケーブルの発達がある。この技術発達過程に結集する逓信省工務局,学界、民間企業の電気通信技術者たちこそ,戦後日本の電子立国を導いたハイタレント・マンパワーであった。
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