研究概要 |
本研究の目的は,人々の日常的な生活時空間を時間地理学的アプローチによって構造化し,それを内的な心理過程と結び付けた認知地図形成モデルの構築をめざすことにある。そこで,まず,従来の認知地図研究を批判的に検討した。その結果,次の諸点が明らかとなった。(1)認知地図の形成にはルート・マップ型表象が大きな役割を果たす。ルート・マップ型表象は移動経験から形成される。したがって,地理学の認知地図研究においては,認知地図形成の源となる日常的な移動・活動がいかなる社会的文化的な文脈で形成されてきたのか,移動を司る交通機関が,いかなる社会的枠組みの中で運行されているのかを検討する必要がある。(2)ルート・マップ型表象では,「空間が身体とともにある」かどうかが重要となる。空間と身体の結び付きは,移動手段が何であるかによって決定的に異なる。(3)無意識的,非探索的,反復的な空間の経験と,意識的,探索的,非日常的な空間を区別する必要がある。従来の研究は後者に偏っていたが,日常的な認知地図形成では前者が重要である。 こうした検討をふまえ,実証研究として次の2点を行った。(1)日常生活における移動手段の役割と,移動手段選択の社会的文化的な文脈を,既存の活動日誌データを用いて分析した。(2)既存のデータが,大都市圏郊外のホワイトカラー世帯のものに限られているため,愛知県豊田市においてブルーカラー世帯の活動日誌データを収集した。このデータの詳しい分析は現在進行中であるが,職住が比較的近接していることや夜勤があることなど,生活時空間がホワイトカラー世帯とかなり異なっている。従来の認知地図形成モデルはホワイトカラー的職業従事者を暗黙に想定してきたが,新しいモデルを構築するためには,こうしたブルーカラー世帯の生活時空間も加えて検討する必要がある。
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