研究概要 |
ヒトを含む高等動物は多種類の感覚器をもち,これらから得た情報を数百ミリ秒のうちに統合し外界の状況を認識し行動を起こすことができる.本研究は,この感覚情報統合に関する生理学実験データの神経回路モデルによる解析とサルの脳内神経活動の電気生理学計測によって,上記の神経情報処理機構について下記の結果を得た. まず,視覚課題遂行中のサル側頭葉細胞活動について,(1)細胞応答を側頭葉腹側路の解剖学生理学データに基づく神経回路モデルで再現した.すなわちモデルの上側頭溝の細胞応答はサルのそれと同様に反応開始後5ミリ秒で異なる刺激に対して有意な差を示した.(2)この上側頭溝細胞の高速識別能力は細胞の発火潜時の差による競争機構で実現されており,この競争は学習によって皮質回路内に形成された強化経路に沿って働くことをモデル上で示した.これらから,大脳皮質における数百ミリ秒の高速情報処理は学習強化された経路に沿った細胞の発火潜時の差による競争機構で実現されているとする仮説の妥当性が示された. 次に,くま手で餌を取る課題実行中のサルから頭頂間溝の細胞応答を計測した.手のひらの接触に反応する細胞の視覚受容野は,(1)くま手を使用する前は手の届く範囲までであった.すなわち細胞は手の近くの餌にのみ反応した.(2)5分間くま手で餌を取る課題を実行後,受容野はくま手の届く範囲まで広がった.(3)その後3分間くま手無しで餌を取る課題を実行後,受容野は手の届く範囲に縮小した.これらは手による道具の使用を繰り返したとき道具が手と一体となる感じを生じる神経機構の一部が頭頂間溝にあることを示唆する. さらに,視覚刺激(LED)でボタン推し課題を実行するサルの体性感覚野の細胞応答と瞳孔の大きさを計測した.ボタンを推す前に指をボタンのわずか上で止めることを指示するLEDがつくだけで細胞は活動を始めその強さは瞳孔の大きさ(注意の強度)と相関があった.これは注意によって感覚神経系の感度が上昇することを示唆している.
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