研究概要 |
湖沼生態系におけるかび臭物質産生ラン藻の異常発生における鉄の役割の解明を目的に,ラン藻の増殖能力,即ち鉄吸収能に及ぼす鉄の役割を検討するために,各種の形態の鉄化合物,すなわちコロイド鉄(III),酸化鉄,リン酸鉄のよう難溶性の鉄並びに鉄とのキレートの安定度定数が異なる7種のキレート剤EDTA,CyDTA,DTPA,EDDHA,HBED,DESF(デスフェリオキサミンB,微生物シデロフォア),BPDSの鉄錯体を用いて5種のかび臭物質産生ラン藻Oscillatoria tenuis,Phormidium tenue(以上2種はMIBを産生),Anabaena macrospora,Anabaena spiroides,Oscillatoria brevis(以上3種はジオスミンを産生)を植えつけて,それらの増殖やかび臭物質産生等に及ぼす影響について検討した。上記5種のラン藻の中でO.brevisのみはコロイド鉄,酸化鉄やリン酸鉄のようなきわて安定な形態の鉄化合物や微生物シデロフォアDESFの鉄(III)キレートを鉄源として利用できることが明らかになった。こうしてかび臭物質産生ラン藻は水中の鉄の存在形態により鉄利用能力が異なること,O.brevisは他の4種のラン藻に比べ,鉄の吸収能力が格段に優れていることが判明した。さらに鉄吸収が十分に行えない場合には,ラン藻の細胞は黄化現象を起こし,光合成色素のクロロフィルや補助色素のフィコシアニン(上記5種のラン藻に含まれる),O.brevisのみに含まれるフィコエリトリンの生合成量やかび臭物質の産生量も低くなることが認められた。O.brevisは細胞表層に強力なキレート形成基を持っており,様々な形態の鉄を鉄源として利用し増殖できることが明らかになった。さらにFe(III)キレートを形成するキレート剤が過剰に存在する場合でもO.brevisは増殖が阻害されない強力な鉄吸収能を有し,鉄吸収の機能面において優れた環境適応能力を有することが明らかになった。一方,O.tenuis,A.macrospora,A.spiroidesは鉄吸収能力が弱いので,鉄の存在形態を制御することによりその異常発生を抑制できる可能性が判明した。
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