研究概要 |
ウィルムス腫瘍の原因遺伝子の1つとしてクローニングされたWT1遺伝子は、ZnフィンガーDNA結合ドメインを有する転写抑制因子として機能すると考えられている。我々は、日本人ウィルムス腫瘍の発生にWT1が深く関わっていることを報告したが、さらに、WT1の機能発現の細胞内経路を解く手がかりを得る目的で、種々の細胞遺伝子プロモーターに対するWT1遺伝子産物の転写調節機能を解析し、WT1の細胞内ターゲットをスクリーニングした。その結果、WT1の4種のスプライスバリアント(エクソン5の有無、エクソン9の3アミン酸KTSの有無により生じる)のうち-ex5+KTSを除く3種は、c-myc, N-myc, IGFIIP4, IGFIIP3, INS, c-fos,WT1等の増殖関連遺伝子に対して、いずれも同様に転写抑制した。これに対し-ex5+KTSは転写抑制能が弱く、逆に転写活性化する場合もあり、WT1がsplicingの変化によって、同じターゲット遺伝子に対し異なる(逆の)転写制御を行っている可能性が示された。WT1スプライスバリアントの発現は+ex5+KTS>-ex5+KTS>+ex5-KTS>-ex5-KTSの順に多いとされることから、上位2者の間でWT1産物の機能が異なることが示されたことになり、ターゲット遺伝子の発現調節にWT1産物が微妙な働きをしている可能性が示唆された。またp53が欠損した細胞においてはWT1の転写制御能の逆転が認められた。さらに腫瘍細胞株においてp53とWT1蛋白の発現量に逆相関が認められたことから、p53欠損細胞では、WT1が過剰発現し、かつWT1の転写抑制能の逆転が起こって増殖関連遺伝子の転写を促し、細胞増殖が促進されるものと考えられる。癌抑制遺伝子WT1が、癌抑制遺伝子p53との相互作用によって、その機能を正負に調節することにより、増殖関連遺伝子を普遍的に転写制御し、細胞増殖・分化の鍵を担っている可能性が示唆される。
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