研究概要 |
食塩欲求は、体内のナトリウムが欠乏した動物が食塩を積極的に探索し、摂取する行動である。本研究ではこの行動に脳内のどのような神経伝達物質が関与するかを明らかにする目的で,味覚投射路を中心に,行動学的,神経化学的,及び電気生理学的実験を行った。1)マイクロダイアリシス法を用いて食塩欠乏ラットの大脳皮質味覚野よりアセチルコリンを自由行動下で測定した。高濃度の食塩水を口腔内に注入すると,対照動物に比べて食塩欠乏動物のアセチルコリン増加量は有意に高く,アセチルコリンが食塩欲求行動に関与していることが示唆された。2)食塩欠乏時には食塩に対する味覚嗜好性が変化するといわれているので,最近開発されたダイアリシス・バイオセンサーを用いて、自由行動中の動物の腹側淡蒼球からグルタミン酸放出をオンラインで連続的に測定した。嗜好性の味刺激を与えるとグルタミン酸放出は有意に増加したことから、この部位のグルタミン酸は味の嗜好性発現に関与することがわかった。3)中脳辺縁ドーパミン系の起始核である中脳腹側被蓋野を破壊して、食塩欲求に及ぼす影響を調べた。通電により同部位を広範に破壊した場合には、食塩欲求が有意に低下したが、神経毒によりドーパミン細胞を選択的に破壊した場合は、著明な障害は生じなかったので、この系のドーパミンは食塩欲求には主要な役割を果たしていないことが示唆された。4)結合腕傍核の単一ユニット活動を麻酔下で電気生理学的に記録し、食塩やその他の味刺激に対する応答を食塩欠乏ラットと正常ラットで比較した。食塩欠乏動物では、食塩に対する応答が正常動物よりも有意に低かったが、他の味刺激に対する応答は正常動物と変わらなかった。以上の実験成績から、食塩欲求は前脳と脳幹のネットワークにより発現し、各部位で異なる伝達物質が作用していることが明らかになった。
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