ホッブズは哲学と自然哲学と、社会哲学とに大きく2分する。本研究の主題である、国家(リヴァイアサン)についての理論としての彼の政治哲学は、もちろん、社会哲学に属する仕事であるが、この政治哲学は人間論を前提として展開される。 ところで、ホッブズの人間論は、一部は自然哲学に属し、一部は社会哲学に属するという二層構造を示す。このことは、彼の人間の特徴づけが多様であることによって説明できる。つまり、人間は神によって創造された自然世界の一部であり、このように人間を神との関係において見れば、人間は自然哲学があつかう対象となる。一方、人間は国家の製作者であると同時にその素材でもあって、このように人間を国家との関係において見れば、人間は社会哲学があつかう対象となるのである。 このようなホッブズの人間論の二層構造を明らかにしたことによって、ホッブズ政治哲学の性格について、つぎのような理解をえることができた。すなわち、政治哲学の主題となる人間が神の被造物であるかぎり、ホッブズ政治哲学は自然哲学を前提している。実際、彼の主著『リヴァイアサン』は、人間の諸機能についての自然科学的・唯物論的説明から始まる。しかし、政治哲学においてとくに問題となるのは社会哲学の主題としての人間であり、したがって、ホッブズ政治哲学は自然哲学にはない社会哲学独自の要素をも前提としている。
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