まず無著作とされる未検討資料として研究対象に掲げたチベット大蔵経所蔵の以下の諸資料について、各版写本を入手し、それらの校合作業を進める一方、それと並行させて翻訳も遂行しほぼ完了した。 資料1:bSam gtan gyisgron ma zes bya bahi man nag 資料2:Sans rgyas rjes su dran pahi hgral pa 資料3:Chos rjes su dran pahi hgral pa 資料4:dGe hdun rjes su dran pahi bsad pa 最初に作業に着手した資料1(和訳名『禅定灯論』)と資料2(和訳名『佛随念註』)とに関しては、翻訳終了後、無著の他の主要論書との比較を試み、特に所縁観の領域に関して詳細に検討した。その成果の一部は、所属学会において発表し、学会誌にも掲載された。さらに準備中の単著(仮題『無著と世親』)において、これらの和訳等も含めてその成果を公表する予定である。また、検討事項の一つに掲げた著者問題であるが、いずれも無著の著作と判断するにはやや材料不足であり、現時点では確定的な真偽は下せない。たとえば、資料1については、実践の在り方を巡って、若干密教的色彩が読み取られ、関連する密教文献との比較も試みたが、そのような断片的記述をもって無著作を否定するには至っていないのが実情である。この著作問題は、さらに『瑜伽師地論』等の関連資料の詳細な検討を待たざるを得ない。ただし、実践論にあって瑜伽行派に特徴的な所縁観の論述に限って言えば、資料1及び資料2は、他の無著の論書における論述と共通点が見出される。例えば、資料1に見られる禅定の功徳と種子説の関連は、無著の晩年期の作とされる『摂大乗論』における種子説への発展を予想させる原型的形態を示すものである。
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